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「(週刊)バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン」
no.0720_2021/02/06 (2006/12/21 創刊/毎週土曜 or 日曜日 発行)
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■ 目 次 ■
1.ラッセルの著書及び発言等からの引用
2.ラッセルに関する記述や発言等
編集後記
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1.ラッセルの著書や発言等から
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■「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」
n.1992〜1996 を発行しました。2つ再掲します。
(1) ラッセル英単語・熟語 適切な前置詞を選ぶ in, on, at
https://russell-j.com/beginner/reitan-edokushu_tankyu07.htm
★ 適切な前置詞を選ぶ in, on, at - 前置詞+名詞の連語に注目
< 今井むつみ『英語独習法』 in on, at のいずれが適切な前置詞か?>
p.230: 前置詞もまた、学習者にはやっかいである。・・・自分が表現したい
文の中で、in なのか、at なのか、on なのか、と迷ってしまうことがある。
p.233: ・・・前置詞 on と in は、The cup is on the table. のように、
平らな表面に物が載っている状況では on を使い、Apples are in the bowl.
のように、深さのある3次元の空間の中に物がある状況では in を使う。時間
でも特定の日に何かがある時には on Monday のように on を使い、週や月な
ど、幅広い時間の中のどこかで何かがある時には in a week/month と言う。
これと同様に、特定のページに渡って情報がある時には on page、数ページ
に渡って情報がある時には in pages になるのかと予想できる。・・・
では at はどうだろうか? at page 10 のように at を使うこと「も」ある
のだろうか?
p.234: on Monday, on February 10 のように曜日や日には on を使うが、
さらに小さい単位、時間になると I will see you at 9 O'clock. のように
at を使う。空間表現でも、I will see you at the reception in the lobby.
などど言う。・・・。
(用例を眺めていて)ここで気づいた(きづく)のは、 start, being,
stop, open などの動詞と一緒に at page が使われる文が目立つことである。
p.235: これまでの探索からの発見を一般化してみると以下のように言えそう
である。
・情報が存在する場所を伝える時には on page
・情報が複数ページにまたがっている時には in pages (ページは複数形にな
る)
・そのページを文書全体の「一地点」としてとらえる時、行為の起点、地点、
終点などを表す時は at を使う。
ラッセルの用例
ラッセルの著作には"at page"を使っている例は見つけられませんでした。
また、複数ページに渡っているものでも、"on pages 276-282" のような表現
がありました。
They regard the modern executive as analogous to the kings and Popes
of former times ; in their opinion, more is to be learnt as to his
motives by studying such men as Alexander the Great than by
considering him as the successor of the tradesmen who appear in the
pages of Adam Smith.
[彼らは,現代企業の執行役員(exectives 取締役/経営陣)を昔の諸侯や教
皇に類似したものと見なしている。彼らの意見によれば,これらの執行役員の
動機(motive)については,アレクサンダー大王のような人物を調べてみるほ
うが,アダム・スミスの著作(ページ)の中に出て来る商人の後継者として考
えるよりも,より多くのことを学ぶことができる。]
出典:ラッセル『権力』第3章「権力の形態」
https://russell-j.com/beginner/POWER08_110.HTM
His words were recorded on film - and in the pages of this book - as
he first spoke them.
[彼(ラッセル卿)の言葉は,(そのとき)最初に語られたままに,フィルムに
―それと本書のページに― 記録されている。。]
出典:『ラッセルは語る』の中の「刊行者のことば」
https://russell-j.com/cool/PUB-NOTE.HTM
The full text is reproduced on page 264-.
[(ラッセルの原注)その(手紙の)全文を本書のp.246〜に再掲してある。]
出典:ラッセル『自伝』第2巻第1章「第一次世界大戦」
https://russell-j.com/beginner/AB21-030.HTM
Some of my letters to Lady Ottoline, written during the early years of
the War and reflecting the state of my mind at that time, are to be
found on pages 276-282, 285-288 and 293-294 .
[(ラッセルの原注) 第一次大戦の初期に書かれ,当時の私の心の状態を反映
しているレデイ・オットリン宛の手紙のうちの数通は,本章末のpp.58-83に収
録されている。]
出典:ラッセル『自伝』第2巻第1章「第一次世界大戦」
https://russell-j.com/beginner/AB21-190.HTM
With reference to certain statements on pages 23, 42, 76, and 77, it
should be remarked that this book was written in the early part of
1912 when China was still an Empire, and the name of the then late
Prime Minister did begin with the letter B. (1943) .
[p.55, p.92, p.162 のある論述について,次のことを言っておかなければなり
ません。それは、この書物は中国がまだ帝国であった1912年の初めに書かれて
おり,その時の前首相の名は,Bで始まっていたというころです。 ]
出典:ラッセル『哲学入門』著者まえがきへの「1943年追記」
https://russell-j.com/cool/07T-PREF.HTM
もちろん、ラッセルの著作には、他に the following pages, the
previous pages, the foregoing pages など、様々な表現がでてきます。その
中でダントツに多いのは the following pages です。
(2) ラッセル英単語・熟語 抽象名詞の加算・不加算
https://russell-j.com/beginner/reitan-edokushu_tankyu08.htm
★ 抽象名詞の加算・不加算
< 今井むつみ『英語独習法>
p.241: ・・・本来、英語の名詞は加算か不加算かを決めないと使うことがで
きない。この時、抽象名詞は特に難しい。日本語的な感覚からは、抽象名詞が
指すものは目に見えないものだから、みんな不加算のように思えてしまう。し
かし、idea のようにほぼいつも可算名詞扱いと考えてよいものもあれば、
evidence のようにほぼいつも不可算の名詞もある。しかも、多くの抽象名詞
は加算・不可算の両方が可能である。・・・
・・・加算・不加算のどちらがよいかは、今書こうとしている文脈でのその
名詞の意味によって決まる。
p.243: ・・・母語話者は、この名詞は基本的に加算、こちらは基本的に不可
算、という知識 −というより直感− を持っている。その上で、加算・不可算
(に関する)文法のスキーマによって、特定の文脈ではデフォルト(の意味)
と違う使い方にシフトする。・・・
p.248: 次に、language と culture をとりあげよう。・・・ language も
culture も加算・不可算の両方の使い方があり、その使い分けと長年格闘し
てきた。これまでは「言語と文化は切り離せないものである」とか「言語は人
間の知性の顕著な特徴である」と言いたい時は language を不可算名詞として
使い、「彼は2つの言語を話すことができる」「大学では2つの外国語を勉強
した」の場合には加算名詞として使う、というような基準でなんとなく使い分
けてきた。・・・
p.252:・・・漠然とした総体としての概念は不可算、個別の要素を例に言及
する時は加算という一般化が当てはめられそうだ。
ラッセルの用例
In 1938 I treated part of the subject in a course of lectures on
'Language and Fact' at the University of Oxford.
[1938年,オックスフォード大学での「言語と事実」という連続講義において、
私はその主題の一部を扱った。]
出典:ラッセル『意味と真偽性−言語哲学的研究』原著者はしがき」
https://russell-j.com/cool/37T-PREF.HTM
They seemed inclined to treat the realm of language if it were self-
subsistent, and not in need of any relation to non-linguistic
occurrences.
[彼ら(注:論理実証主義者)は,言語の領域を,あたかもそれのみで自立し,言
語以外の存在や出来事に関係付けて考える必要がないものとして取り扱う傾向
があるように思われた。]
出典:ラッセル『自伝』第2巻第5章「テレグラフ・ハウス時代末期」
https://russell-j.com/beginner/AB25-080.HTM
The question of modern languages is one which is not altogether easy.
In childhood it is possible to learn to speak a modern languages
perfectly, which can never be achieved in later years ; there are
therefore strong grounds for teaching languages at an early age, if at
all.
[(古語ではなく,現代における)外国語(習得)の問題は(注:languages いろ
いろな国や民族の言語/従って国家レベルの言語だけをいうのではなく,自分
の国や民族以外の言語のこと),必ずしも容易な問題ではない。幼年期には,
外国語を完璧に話すことを学ぶことが可能である。大きくなってからでは,そ
れは決して達成できない。それゆえ,教えるからには(if at all),(複数の)
言語(languages)を幼年期に教えることを支持する強い根拠が存在している。]
出典:ラッセル『教育論』第三部_知性の教育_第15章_14歳以前のカリキュ
ラム
https://russell-j.com/beginner/OE15-090.HTM
THE DIVORCE BETWEEN SCIENCE AND 'CULTURE' is the text of an address
delivered by Bertrand Russell, on receiving the Kalinga Prize for the
Popularization of Science, at UNESCO Headquarters on 28 January 1958)
[科学と文化の分離]
出典:UNESCO Courier, February, 1996: THE DIVORCE BETWEEN SCIENCE
AND `CULTURE'」
https://russell-j.com/R1180.HTM
A culture impregnated with history has a certain depth and solidity
which may not be without value; but the mere survival of quaint
costumes, titles and customs has only the superficial kind of
interest that is exploited by Hollywood.
[歴史の古い文化にはそれ相応の価値を伴うある種の深みと堅固さがある。し
かし,現在残っている奇異な衣装や称号や習俗などは,世間の浅はかな興味を
呼ぶためにハリウッドの映画産業によって利用されるものにすぎない。]
出典:ラッセル『アメリカン・エッセイ集』の中の「嫌われる外国人旅行者」
https://russell-j.com/TOURISTS.HTM
■「ラッセルの言葉(Word Press 版)v.2, n.1735〜1739
1) n.1730:ラッセル『宗教と科学』第6章 n.10
https://russell-j.com/wp/?p=6081
2) n.1731:ラッセル『宗教と科学』第6章 n.11
https://russell-j.com/wp/?p=6084
3) n.1732:ラッセル『宗教と科学』第6章 n.12
https://russell-j.com/wp/?p=6088
4) n.1733:ラッセル『宗教と科学』第6章 n.13
https://russell-j.com/wp/?p=
4) n.1734:ラッセル『宗教と科学』第6章 n.14
https://russell-j.com/wp/?p=6097
■「ラッセルの言葉366_画像版」
日本語 version : n.1553j-1559j を投稿
英 語 version : n.1553e-1559e を投稿
一つだけ再録します。
n.1553j ( Jan. 30, 2021)
https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j1553.html
「上品さ」を保てる理由
「上品」な人であるためには,現実との粗野な接触から保護されているという
必要があり,その保護をしている人々は彼らが保とうとするところの「上品」
さを共有することを期待できない。例えば,大勢の黒人労働者を輸送している
大洋航海船が難波した場合を想像してみよう。一等(室)の婦人の乗客が −多
分みな上品な婦人たちであろうが− まず救助されるだろう。これを可能にす
るためには,(救命)ボートを黒人の労働者がどっと押し寄せないように監督
している男たちがいなければならない,そして,こういった人々は,「上品」
なやりかたで成功するだろうことはありそうにない。
To be a nice person, it is necessary to be protected from crude
contact with reality, and those who do the protecting cannot be
expected to share the niceness that they preserve. Imagine, for
example, a wreck on a liner which is transporting a number of colored
laborers; the first-class female passengers, all of whom are
presumably nice women, will be saved first; but in order that this
may
happen, there must be men who keep the colored laborers from swamping
the boat, and it is unlikely that these men will be able to succeed
by nice methods.
Source: Bertrand Russell : Nice People, 1930
More info.: https://russell-j.com/beginner/0464NP-030.HTM
<寸言>
「上品さ」を保っていられる境遇がどのようにして実現されてきたかを、歴
史をさかのぼって探ってみる必要があります。天下をとった平家も、追われる
立場になればしだいに落ちぶれ、(吉野などの)山奥の部落に住み、いつの間
にか部落民として差別されるようになった人たちもいるでしょう。
一方、腕力が強く、武士となり、多くの民を殺害し、功労が認められて大名
となり、明治になって公侯伯子爵などの貴族となった人もいるでしょう。その
「上品さ」はどのようにして身につけてきたか・・・?
タイタニック号の遭難事故においても、まず1等船室以上の女性と子供の乗
客が優先され、その秩序を保つために・・・。
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(2) ラッセルに関する記述や発言等
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今回もお休みです。
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編集後記 長期政権の奢りと油断 - 歯車の逆回転?
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民主党政権で総理が1年毎に交代した時は、自民党政権下で行われてきた
「悪政を正す」どころか、歯車が逆回転し(オウンゴールし)、ついには政権
を失ってしまいました。
そうして、自民党が政権を奪還した後、あいかわらず様々な失態や汚職や不
正が明るみになっても、「民主党政権の時よりはマシ」と、自民党だけでなく、
多くのメディアが合言葉のように繰り返してきました。
しかし、ここにきて少し状況が変わってきたように見えます。
長期政権によって醸成された膿が一気にでてきた感がします。
新型コロナ・ウィルスへの対応の悪さ(後手後手感)、(河井克行元法務大
臣に象徴される)安倍内閣の時の多数の閣僚の不祥事、安倍総理自身に関わる
数々の疑惑の解明がほとんどなされないこと、森元総理の不規則発言(女性蔑
視、コロナがどうであれオリンピックを断行)、菅総理の子どもが総務省の幹
部をコロナ禍時に4回も接待、・・・と、現政権にとって、数え切れないほど
のマイナス材料が出続けています。
次の総選挙に向けて、「民主党政権よりまし」が「自民党政権よりまし」と
言われるような世論が今後生じるやうなことはあるでしょうか? (松下彰良)
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■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし)
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