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R. E. エグナー(著),柿村峻(訳)『宗教、性、政治 -ラッセル珠玉集』
(社会思想研究会, 1960年4月刊 181pp. 19cm. /社会思想選書)

原著:Bertrand Russell's Best; Silhouettes in Satire, selected and introduced by Robert E. Egner. London; Allen & Unwin, 1958. 113 p. 20 cm.

訳者(柿村峻)あとがき(熊本にて)

 この訳書「ラッセル珠玉集」は、エグナー教授(Robert E. Egner)の編さんした、Bertrand Russell's Best, Silhouette in Satire の全訳である。エグナー教授は、一九二六年生れ、シカゴ大学出身、ウイスコンシン州、ノースランドー大学哲学科教授であり、新進のラッセル研究家である。
 衆知の通り、ラッセルの著書は、(1960年現在)ごく主なものでも四十冊を数えており、その及ぶところは、哲学、政治、社会、倫理、その他一般文化問題で、絢爛豪華をきわめている。ラッセルは、数理哲学に関するものや「ライプニッツの哲学」「意味と真理の探求」等、二、三の特殊なものを除いて、日常卑近な事象から出発し、軽妙で機智にとんだ明晰な美しい文筆をふるっている。自己に沈潜し、観念論にふけり、世界を離れて論理そのものをもてあそぶことを嫌った彼としては、当然であろうが。これはまたイギリス哲学の伝統ともいえよう。
 エグナー教授は、巻頭の記号表にもあるように、「権威と個人」「幸福論」「結婚と道徳」「教育と社会統制」「西洋哲学史」「宗教と科学」「反俗的エッセイ」等、平易で興味のある十六冊の著書と八篇の論説からの抜粋を、心理・宗教・性と結婚・教育・政治・倫理の六項にわけて収め、編者自序に明らかなように現実に立脚した賢明な風刺家、建設的な批評家、一切の独断を排する自由主義者としてのラッセルの肖像を描き出すとともに、ラッセルを反道徳者とする非難を一蹴し、'人間を愛する'ヒューマニストであればこそ人間を拘束する道徳、宗教をラッセルはしんらつに攻撃するのだと熱心に弁護する。編者のラッセルに対する敬慕熱意がうかがわれる。また編者はラッセルのウイットを大事にしている。その渋いウィットこそラッセルの風格だとする。編者は、それをできるだけ読者の前に提供し、ラッセルヘのいざないとしようとした。それでこの書が面白い読物ともなっている。「ダンスホールから起った戦争はない」「私たちは、私たちの敵を憎むひとびとを愛している」「カントの話をする友人をつれてきたために、妻から虐待するといって離婚を請求された夫がある」「伝統的な考えと違う思想の持主はすべて正しいとする'進歩的な'思想家がいる」「タバコは聖書で禁じられていない。もっともポー口(→パウロ)がそれを知ったなら、とめただろうが」「政治は、概して、真理でない、もったいぶったきまり文句で動かされる」「一生涯、殺人やどろぼうをしなければ、ふだん、ひとびとにどんなにつれなくしようとも道徳家といわれる」など機智にとんだ鋭い言葉が多い。要するにかざらないラッセルの姿を各方面からほうふつとさせようとするのである。このドグマを排する自由な合理主義、戦争をさけようとする平和主義、科学を尊重し科学を恐れる科学主義、興奮衡動をさけて静観する理性主義、俗論に屈しない熱情が、スチールとなって本書に去来する。端的にいうなら、本書は、ラッセル著作、エッセイの珠玉集であり、ラッセル研究に専念するひとびとにとっては、しばし全貌を眺めて一いきいれる書物であろうし、これからラッセルの峰にわけ入ろうとするひとびとにとっては、生彩ある招待状であり、要を得た入門書であろう。また俗ないい方をすれば、混乱緊張にみちあふれた現代社会に生活するための処世訓ともいえよう。
 本書の引用書には、多くの邦訳がすでに刊行されていて、できるだけ参照したが、特に江上照彦氏訳「結婚と道徳」、市井三郎氏訳「西洋哲学史」、堀秀彦氏訳「幸福論」におせわになった。翻訳については熊本女子大学同僚諸氏の御援助をうけた。本書の註はほとんど全部訳者のものである。また本訳書の刊行にあたっては、社会思想研究会出版部の土屋実氏、杉田茂氏が御配慮下さった。あわせて謝意を表する次第である。
 一九六〇年二月一日 熊本にて  柿村 峻