高田熱美(著)『ラッセル教育思想研究』への著者序文
* 出典:高田熱美(著)『ラッセル教育思想研究』(創言社=福岡市,1983.4月刊 ii,288pp. 21cm.)序
バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872-1970)は、今世紀における卓抜した思想的巨人のひとりといわれる。彼の知的活動は広い。それは、数理哲学、論理学、認識哲学、政治学、教育学、宗教論にまで及んでいる。そのうえ、ラッセルは行動する人として、平和運動や教育実践に深い足跡をのこしている。
このような活動の宏大さがあるためであろうか、ラッセルの思想・哲学を包括的に批判し、その全容を明らかにしようとした試みは少ない。*1 またラッセルの教育思想を検討して、その創造的意味と問題点とを明らかにした研究も乏しい。*2
本来、教育は人間の全体的活動であるので、教育の思想には論者のあらゆる思想が凝集されるものであろう。教育におけるラッセル研究が乏しいのは、彼の教育論をその宏大な思想全体から基礎づけ、統合的に理解することが困難なためでもあろう。しかも、ラッセルの思想においては、概念が統一されず、明確にもされぬまま、ときには、逆説をもって用いられることが多い。たとえば、ラッセルは、「リンデマン氏は、社会的な問題に関する私の見解と論理学や認識論に関する私の見解との間にはいかなる必然的な関連をも見てはいないが、私は喜んでこれをうけいれる」*3と述べながら、他方では、教育の本質的主題としての「個人はライプニッツのモナドのように世界を映し出さねばならない」*4という。「世界を映し出す」とは認識の問題ではあるまいか。
このためラッセルが何を意味しているかを知るには想像力が必要となる。その点ではジェイガーが「ラッセルの哲学は想像的に把握されてこそ最も概念的に理解できる」*5というのは正しいといえる。このような視座から、ラッセルの教育思想を解明したいと思う。
[注]
(1)筆者が知るかぎりでは、最も優れた総合的なラッセルの研究書は左記(次)の2書である。但し後書は複数の研究者の手によっている。
・R. Jager, The Development of Bertrand Russell's Philosophy, George Allen & Unwin Ltd., London, 1972.
・P. A. Schilpp, ed., The Philosophy of Bertrand Russell, Tudor Publishing Co., New York, 1944.
(2)ラッセルの教育思想研究において比較的まとまっているのは左記(次)の書である。
・J. Park, Bertrand Russell on Education, George Allen & Unwin Ltd.. London, 1964.
(3)P. A. Schilpp, ed., The Philosophy of Bertrand Russell, op. cit., p.727.
(4) B. Russell, Education and the Social Order, George Allen & Unwin Ltd.. London. 1951, p. 10. 1st ed., 1932.
(5) R. Jager, The Development of Bertrand Russell"s Philosophy, op. cit., p.4, 16.