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(1)「ラッセル氏の談話会に官憲の眼が光る」
(2)「ラッセル氏,大杉榮氏を訪問の噂−」
(3)「(ラッセル氏)昨夜は帝劇の見物に」
『東京朝日新聞』1921年(大正10年)7月26日付

(1)「ラッセル氏の談話会に官憲の眼が光る」

 ラッセル氏を中心とする談話会は,26日午前11時から帝国ホテル(右写真:1890.11.3 開業)(で)催されたが,主催の改造社からは私的にそれぞれ招待状を発した。顔ぶれは,桑木,得能,姉崎,福田,吉野,上田(貞)諸博士,大島正徳,片上伸,吉江喬松,昇曙夢,北澤新次郎,阿部次郎,阿部秀助(しゅうすけ),和辻哲郎,小泉信三,与謝野夫妻等,其他で20名程度だが,主催者側は,社会主義者として堺利彦,大杉榮,山川均氏夫妻等をも交えたい心組の所,談話会開催を聞き込んだ警視庁では昨朝池田外事課長が改造社を訪(と)い,会場参会者等を問いただし,刑事こそ付さぬが暗に阻止する態度に出て,ラ氏滞在中氏に接近する人々の氏名を調べていたが,一方憲兵隊でも外事係の私服憲兵が昨朝再度改造社を訪うて種々聞き合わせ,大杉榮氏其他との会見には非常に神経を尖らしているので,ラ氏の会見希望者に対し改造社でも困っていると。


(2)「ラッセル氏,大杉榮氏を訪問の噂」

 東京丸の内帝国ホテルに旅の疲れを癒して居る世界的思想家ハーバートランド・ラッセル氏(ママ,'ハー'が余分)は,予定の一部を割いて湘南地方に清遊を試み,其途上,鎌倉?の下,大谷氏別荘に寓居して居る社会主義者の大立者大杉榮氏・・・(←コピー見えず)を訪れるとの噂がパット拡がると前後して,同主義者の和田久太郎氏等の東京鎌倉間の往復が頻繁となったので,神奈川県警察部?・・・(←コピー見えず)付近は刑事連の眼が一層鋭く輝いて居る。尚之について大杉氏は,予定の都合でラ氏は鎌倉へは来られまいと否定して居た。(鎌倉電話)


(3)「(ラッセル氏)昨夜は帝劇の見物に−ラ氏の武士観

 帝国ホテルに着いたラッセル氏は,昨夜早速帝劇を見物,特等ボックスから覗き込む。舞台は「公暁」の場面鎧を着た武人の姿に「言葉が少しも解りませんが,日本のサムライの心持が解ります。日本のサムライは本で読むともっと強く出て居ますが,どうもあの主人公は強い一面に柔らかなところがあります。」とラ氏は小首を傾ける。・・・に感心し,舞台裏に案内され,公暁姿の勘弥に引き合わせた。日本のアクター勘弥もドギマギして・・・「切支丹屋敷」には「よく解りました」と言って,パワー女史(Eileen Power のこと)は,「日本の歴史で読みました。あれは基督教の迫害の所でしょう。日本の古い風俗や生活状態がよく解ります。」と興がった。


関東大震災により炎に包まれる帝国劇場(1923.9.1)(→出典)