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バートランド・ラッセル(著),河合秀和(訳)
『ドイツ社会主義』(German Social Democracy, 1896)
『ロシア共産主義』(The Practice and Theory of Bolshevism, 1920)

『出版ダイジェスト』1990年3月1日号掲載

* 河合秀和氏は当時、学習院大学教授

社会主義の可能性の条件
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 十九世紀を一つの歴史的時期として際立たせたものが、社会主義思想の誕生であったとするならば、二十世紀その死で特徴づけられることになるのであろうか。結論を出す前に、まさにその(社会主義)誕生の時に書かれた、哲学者ラッセルの二冊の本、分析と批判と予見の書を是非読んでほしい。

 一八九五年ドイツを訪れたラッセル(当時23歳)は、ベーベルやリープクネヒトの家族はじめ、社会民主党員の人々と交わった。帰国後、彼はフェビアン協会員を前にしての講演をもとに『ドイツ社会主義』(German Social Democracy, 1986)を著した(=ラッセル24歳の時)。それは、彼を左右両翼から孤立させた。なぜか? 社会主義思想を成立させている根拠への理解、それに対する現実的・理論的批判の両者があったからである。しかしそれは、政治についての議論の仕方の模範であるとともに、正義感と疑問を持って自らの眼で確かめるジャーナリズムの傑作でもあった。彼は当時、マルクスの『資本論』を全巻通読した数少ない読者の一人であり、『共産党宣言』を歴史的に最重要の政治文献と受け取った。その上でマルクスと社会党員の誤謬を指摘し、ドイツの「戦争と国民生活の破滅」という運命を予見した。

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 一九二〇年には、ラッセルは(英国)労働党代表団のオブザーヴァーとして、革命ロシアを訪問し、レーニン、トロッキーとも会った。ロシアは我々の側に来るのか。結論として著わされたのが、『ボルシェビズムの実践と理論』という標題をもつロシア共産主義論である。ボルシェビズムへの賛否両論を明確に要約しながら、飢餓と貧困から生まれた革命理論の不寛容と狂信が、同胞の苦悩と悲惨にも盲目な国家のテロルを生むことを、懐疑家ラッセルは見とおした。

 社会主義とは何であったのか、そして何でないのか。これについて経験論的に語れるラッセルの成熟に、社会はようやく到達したようである。

みすず書房刊、予価『ドイツ社会主義』1648円、『ドイツ社会主義』1339円)