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(世界の潮4)「ラッセル卿と英労働党」
『世界』(岩波書店)1962年8月号,pp.301-304.

* 署名なし


 労働党内の除名動議

 この(1962年)5月18日、満90歳の誕生日を迎えたラッセル卿のもとには、世界中から数多くの祝電が殺到した。同僚や弟子筋にあたる学者はもちろん、東西各国の平和団体から、そして、名も知れぬ南米の農民からも、アフリカの牢獄にある民族主義者からも。フルシチョフ・ソ連首相、ネルー・インド首相、ウ・タント国連事務総長といった、各国首脳や著名な政治家の祝電は、いうまでもない。
 伝えられるように英国のマクミラン首相がお祝いの言葉を述べなかったとしても、保守派がこぞってソッポを向いたことにはならない。英国のもっとも権威のある保守系紙『タイムズ』は5月18日社説の1つを卿の誕生にささげ、核武装反対のために「論じ、説き、叫び、牢獄を意としない哲学者にして予言者、道徳家にして反逆者」と、嵐の中に立つ老貴族を論評した。『タイムズ』は非核武装論に好意を寄せるものではないが、その反面、ラッセル卿の思想と行動に対してはなみなみでない敬意を表している。しかも同紙は、その後この態度を変えず、世論形成に少なからぬ影響を与えてきたことは後述する。
 しかし誕生の祝賀会の最中に、卿への新たな試練が準備されていた。皮肉にも、それは自己の属する陣営内からだった。
 労働党の副党首G.ブラウンを議長とする組織委員会は、ラッセル卿、コリンズ司教など党員4名の言動が党の方針に反し、党規違反であるとして、厳しくこれを非難する除名動議を決定、これが5月23日の同党全国執行委員会にかけられたのである。その席上、ゲイッケル党首はこれを支持したが、賛否の議論が沸騰、結局中道左派のR.H.クロスマンの「最大の哲学者を一片の通告で除名しようとする組織委の越権行為をとがめ、理性的な話し合い」を求めた「感動的な演説」が多数の賛成をえて、幾分とも穏やかな処置がとられることになった。
 それは前記4名の「原水爆禁止運動ごとに一方的核兵器軍縮運動における役割を党指導部に説明するよう」指令すると共に、「これらの運動が、労働党にとって有害でないことを十分説明できなければ、党から除名する」ことを明らかにしたものであった。
 しかし、この喚問指令に対して卿らは、
「党が適当と認める行動を取ることは、その権利である。しかしこの決定は党を支持する数百万に対する甚だしい屈辱である。党はまず、ゲイッケル、ブラウン両氏を喚問して、昨秋大気圏およびポラリスの実験を支持した理由の説明を求め、これがどれほど党を傷つけたかを検討すべきである。」
と極めて手厳しい反撃を加えたのである。


 核武装をめぐる労働党の混乱

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 ここに詳しく取り上げる余裕はないが、英国労働党の核武装にかんする政策は、この数年動揺を極めている。1960年秋の党大会では、核兵器を維持しようという党の公式政策を破って、左派の提案した一方的廃棄案が小数差ながら採択された。昨年1961年秋の大会では、右派が巻き返しに成功して、一方的廃棄案を否決し去っている。
 しかしこれにあきたらず、ラッセル卿を中心とする「百人委員会」は「人類絶滅のさし迫った危機を大衆に警告し、核武装廃棄の大きな国民運動に発展させることを目標に、非暴力、非不服従の市民運動を展開、昨年9月12日には議会前座り込みを強行して、大きな衝動(衝撃の誤植?)を与えた。また、労働党員も多数参加する非核武装キャンペーン(CND)のロンドン=オルダー・マストン間の行進は、年毎に動員記録を更新、ことに昨秋の核実験競争再開後は、その態度にも一層真剣味を増してきた。
 CNDが労働党の今後にとってゆるがせにできない問題となったのは、CNDが「独立非核武装選挙委員会」を設置したことである。CNDは本来非政治的であるから、この委員会が独自の候補者を選挙で出すわけではない。党派を問わず非核武装を支持する候補者の当選を助けようというのであり、春の地方選挙における保守党の大敗、自由党の進出にかなりの影響を与えた言われている。保守党内(労働党のまちがい?)に限って見ると、主流派の不利は明らかである。それゆえ同党書記長A.ウイリアムスは今年のメーデー直後「CNDは世界平和の高い目標を追い、多くのまじめな党員も献身的に参加していた。しかしそれは当初のことで、最近では反民主主義的な分子の勢力が浸透して、労働党分裂に利用されることになった」とのべ、CNDとくにその選挙委員会から党員は手を引くことを要求している。ウイリアムスが党の書記長として危惧するのもまんざら根拠のないことではない。それが「反民主主義者」かどうかは別として、今年の労働党のメーデー大会は、ロンドン、グラスゴウの主な両会場が大混乱に陥っている。CND派は党の核武装政策の転換を要求、党首ゲイッケルなど主流派は「ウソツキ、人殺しなどの野次で演説を続けることができなかった有様だという。
 ラッセル卿への除名動議は、このような労働党内の事情のもとに党の主流派によって提起されたものである。


 モスクワ平和大会との関連

 除名問題は以上のような労働党内の左右抗争のほか、これに結局関連してくるが、国際的には、7月9〜14日、モスクワでひらかれる「全面軍縮と平和のための世界大会」ともからみ合っている。労働党からはラッセル卿ほか4名がその発起人に名を連ねているが、イギリスからはそのほか、ジェームス・オルドリッチ、サマーセット・モームなど著名な作家、パウエル教授、ボイド・オア卿など知名の士が多数参加する予定である。
 2,000人をこえる各国代表が参加する同会議の目的は、世界平和評議会のバナール議長(英代表)によると「核軍縮と全面軍縮など諸問題の討議にこの上ない機会を提供するだろう。ジュネーヴの軍縮交渉が、はかどらないため、このような国際的な大衆集会を組織することはますます必要となってきた……」とあるが、労働党主流としては、前記のような党内情勢もあり、共産系の出席者が多いこの種の世界大会に、党員がスポンサーとして協力することに、少なからぬ不安を抱いているわけである。
 この問題についてもラッセル卿は、6月13日、イズベスチヤ特派員との会見で、次のように不退転の態度を明らかにしている。
 翁はまず、「軍縮は、人類の生死をかけた問題である。軍縮が行われなければ、恐るべき結果が必ず引き起されるのであって、このことは全ての人が理解しなければならない」と前おきして、
「モスクワ大会に対する私の態度は、第一にもっとも必要なことは、全面完全軍縮を達成することであり、もしモスクワ大会がこの達成に役立つならば私の喜びはこれにすぎるものはない。第二にもう一度強調しなければならないのは、戦争でなく平和手段で紛争を解決する機構をつくる必要があるということである。わたしは核兵器の出現以前には一般的には戦争に反対していなかった。なぜなら戦争が必要な時代もあったからだ。しかし核兵器出現後のいまでは、わたしはあらゆる戦争に反対する。わたしと同意見の百人委員会の多数のメンバーは、、必ずモスクワ大会に出席するだろう」
と明言している。
 なお前記の労働党全国執行委では、世界平和大会の発起人として党員が活動することを認めるかどうかについても激論が交されたようである。労働党左派に近い『ニューステーツマン』誌によると、同問題にかんしてもクロスマンの「個人的に個々の場合を検討すべきであり、また個人の資格で参加することを大目に見てもよいではないか」との妥協論が通りそうだとあるが、内外の情勢によってその決定は影響されるだろう。


 裁かれるものは誰か

 最後にラッセル卿除名の動きに対してイギリス国内の目立った反応を一べつしよう。喚問指令が全国執行委から発せられると、同党内左派はじめ労組大衆内にも異常なふんげきの波が高まってきたのは見易いところである。その3日後の5月25日には下院内で翁の誕生日を祝する盛大な昼食会が催されている。出席者は主として労働党議員であるが、席上ラッセル卿は、
「党の除名はいかんだが、かりにそれがきまってもわたしは意に介しない。わたしは自ら適当と思う道を進むほかないだろう。わたしは、軍縮のために誠意をもって闘うものとは、東西のいずれに属するとを問わず協力する。また協定を達成するためには双方が互譲しなければならない。わたしは東を西に対して、また西を東に対して助ける考えはない。こうした条件をいれて世界平和評議会はわたしを発起人にしたのだ。
と述べている。同席した議員全員は、ラッセル卿支持を表明したが、特にジョイス・バトラー女史は、「もし党がラッセル卿を追い出すようなことになれば、党は全ての考える人の前に自らを戯画化することになろう。物笑いになるにすぎない」となげいている。
 なお前述のように保守系『タイムズ』紙は、その社説でも卿への敬意を示していたが、除名問題については、読者欄でほぼ一貫して卿支持の投書を掲載している。除名問題を痛快視するものも保守系には少なくないに違いないが、労働党中央の態度に比べて『タイムズ』の態度はかなり対照的だといえる。ことに5月30日の同紙は上院議員ヒンチングドン卿の長い投書をのせているが、同議員は、 「ラッセルの誠意と勇気を疑うもの、また彼が共産シンパだと疑うものは皆無だ。われわれは共産主義者が労働党や労組に潜入することに反対だ。それと、東西緊張緩和の基礎を見出すべく東方と話し合うこととは別である。西方にも尊敬に値する人物があることを共産圏の人々に知らせるためにもラッセルが世界大会の発起人になったことはむしろ歓迎すべきである。」 と論じ、また同じ欄で下院のM.エーデルマン議員は、「アテネの青年を腐敗させるとの理由で」ソクラテスは処刑された。その裁判官の名を今日記憶するものはないのだ」と辛辣に批評している。それやこれやを考え合せると、この問題でジレンマに立つのは労働党全国執行委だといってよいだろう。(了)