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パラドックスとは? _ 内井惣七氏による用語解説(『岩波・哲学思想事典』p.1287)




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 言葉のもともとの意味では,「パラドックス」(パラドクス)とは,一般に受け入れられている見解に反する命題(ギリシア語でparadoxa)をいう。しかし,論理学でこの言葉を厳密な意味で用いるときは,証明されるはずのない矛盾命題が妥当な推論によって,あるいは少なくとも一見妥当な推論によって導かれることを「パラドックス」と呼ぶ。古代ギリシア以来,哲学では種々のパラドックスが論じられており,哲学的思索を深めたり,新たな科学的洞察を生み出すことに貢献してきた.(例:ゼノンのパラドックス,嘘つきのパラドックス)

 19世紀末から20世紀初頭にかけて,数学の基礎づけに関わるパラドックスが多く発見された.代表的なものは,「xは集合yの成員である」という集合論の基本概念に関わる「ラッセルのパラドックス」である.
 「xはxの成員でない」という条件を満たす集合xをすべて集めた集合を「ラッセル集合r」と定義しよう.では,「ラッセル集合r」はrの成員だろうか.
i)もしrがrの成員なら,rを定義する条件により,rはrの成員でない. 他方,
ii)もしrがrの成員でないなら,これはrを定義する条件を満たすので,rはrの成員である.

 iii) i)とii)より,「Aならば非A,かつ,非AならA」となり,これは矛盾にほかならない.このバラドックスは〈集合〉の概念が無制限に使用されると矛盾が生じることを明快に示し,集合論の他のパラドックスと相まって「公理的集合論」という数学の新しい分野の研究を促した.

 言葉と言葉の意味との関係から生じる「意味論的パラドックス」も哲学的に興味深い.代表的なのはグレリンクのパラドックスである.「短い」という言葉は短い.このようにその言葉の意味が自分自身に適用できる言葉を「自己形容的」と定義しよう.自己形容的でない言葉は「非自己形容的」と呼ばれる.たとえば,「長い」という言葉は長くないので非自己形容的である.では,「非自己形容的」という言葉は自己形容的だろうか,
i)もしそれが自己形容的なら,その意味が自分自身に適用されるので非自己形容的でなければならない. 他方,
ii)それが非自己形容的なら,定義により自己形容的となってしまう.
 このような意味論的パラドックスは,自己言及にのみその責を帰すことはできない.言葉と事物とをつなぐ意味論的概念が自己言及と組み合わせられるところに矛盾の原因がある.その証拠に,言葉自体の構造のみに言及し,言葉の外の事物には言及しない構文論的概念を用いて自己言及を行なっても矛盾は生じない.たとえば,「十一字よりなる」という構文論的概念を使った「この文は十一字よりなる」という自己言及文には何も問題はない(この文は真である).「意味論的」と「構文論的」との,この違いは,ゲーデルの不完全性定理を理解するためのつのポイントとなる。