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「ラッセル氏来阪」
『大阪毎日新聞』1921(大正10)年7月19日朝刊第2面


 十七日神戸に着くとすぐ自動車で波静かな塩屋海岸のヤング氏(松下注:Robert Young)邸に入ったラッセル氏は、親しい友達や愛する人達とこころおきない楽しい語らいに、旅の疲れも、病の苦しみ(松下注:中国滞在中に死の病に苦しむ)も忘れたようであったが、十時というに再び自動車の人となって神戸に引き返し、北野トア・ホテルに入って日本に於ける最初の夢を結んだ。
 十八日は、午前八時、係のボーイがドアをノックした時既に眼を覚ましていたが、朝の食事が終わるとすぐ大阪駅までの青切符を買って、ブラック、パワー両嬢と共に三宮駅まで自動車を走らせた。其後へ改造社の山本氏と通訳の橋口氏とがオリエンタル・ホテルから自動車を飛ばして来たが、既に大阪に向かったと聞いて両氏は驚いて其後を追い、午前十一時二分三宮駅発の上り列車の中に辛うじて一行を発見することができた。外(ほか)には誰一人見送る人はなかった。もちろん尾行の刑事らしい者も見なかった。斯くて来阪したラッセル氏は、直に大阪ホテルに入り、同氏の希望で本社(毎日新聞)の高石副主幹、河野外国通信部長と午餐を共にし、更に大阪における各工場を主とし、大阪城其他を縦覧する筈になっている。