バートランド・ラッセル「人類の存続を脅かすもの」(岩波書店編集部・訳)
* 出典:『世界』(岩波書店)n.219:1964年3月号ここにある事実があって、私はできれはこれをあらゆる男女に印象づけたいと思う。ソ連と中国の両政府はいまや(注:1963年頃)急速かつ完全な核軍縮を主張しているが、国民の過半数の支持を得ている西側諸国政府はそうではない。最後の時間はすでにその終末に近づいているのかもしれないが、もしあらゆる人が核兵器の中止を要求すれば、西側諸国政府も東側とともに急速かつ完全な核軍縮を主張することになるというチャンスほおそらくあるだろう。西側の民主主義諸国が下す決定は、その政府を選び支持している市民の直接の責任である。これまで、これら西側諸国の政府は、国民の過半数という必要な支持のもとに、多くの核戦争反対運動アピールが明らかにしているような危険にわれわれを陥れた政策を決定し、実行してきたのである。
国民はこれらの政策について責任がある。国民の過半数がこれらの政策の変更を要求しないかぎり、これらの政策はあくまで続けられるだろう。西側国民の過半数が核軍縮を要求しなければならないのである。西側国民の過半数が核軍縮を要求するようになるチャンスは少ない。しかし、この要求をしないかぎり、それも早くしないかぎり、われわれを待つのは、完全な破壊と痛苦にみちた死のみである。
国民ほ、核軍縮を要求し支援しないとすれば、やがて死ぬさい「私は自分が殺されるのを手つだい、またいっしょに死ぬ何百万もの人たちが殺されるのを手助けした」とでも言ってみずからなぐさめるほかなかろう。
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米国のノ-ス・カロライナ州で二十四メガトン爆弾が誤まって落ちたとき、この爆弾についていた六つの連結安全装置のうちの五つは落下の衝撃で無効になっていた事実が認められている。一九六一年には、モーターの過熱が原因で大警報が発せられ、われわれは核攻撃四十五秒前という状態にまでたち至ったことがある。一九六〇年には、月が上がったことからミサイル発射の信号が出たが、たまたま氷山のため海底ケーブルが切れたことが事態を遅らせ、そのおかげで司令官の意見が変わることになった。これらは多くの実例の一部なのである。
われわれは、放射能情報にかんする米科学者委員会、米スタンフォード大学調査研究所長、ケネディ(新米大銃撃、マックロイ(米大統領軍縮顧問)、ヘイルシャム卿(英枢相兼科学相)、マクミラン(前英首相)、フルシチョフ(ソ連首相)、さらにハーマン・カーン(米戦略研究家)などといった多くのおきまりの人々から、偶発戦争の明白な危険について、警告されてきた。だが、われわれも、かれらもこの忠告を受け容れてはいないのである。
米ソ両国がこれまでに貯蔵した(核兵器の)爆発力はTNT火薬換算で三千二百億トンに達する。この貯蔵爆発力を第二次大戦の兵器で出しきるとすれば、第二次大戦で使われた兵器全部の爆発力合計を毎日、百四十六年間も続けて出さねばならないだろう。米国はエアゾール神経ガス爆弾十三万個を蓄積した。これら十三万個の神経ガス爆弾は、どれ一つでも三千五首平方マイルの地域内にある生物を抹殺できる。もし十三方個全部使われたとすれば、四億五千五百万平方マイルの地域に生物がいなくなる計算になる。四億五千五百万平方マイルは、地球上の陸地の八倍、米国の陸地の百五十一倍にあたる。この爆弾は核兵器ではない。ナチスが大量殺戮を国家の政策の一部としたとき、もちろん、われわれはナチスを悪者だと考えたのである。
英国では「過去二年間に一度は、大気圏内核実験による汚染のため、生牛乳の子どもへの供給を停止する必要があると考えられ」Lと英原子力委員会のサー・ジョン・コッククロフトから発表されたばかりである。同時はさらに、「これ以上、大気圏内核実験が続けば、ごく近い将来、生牛乳の子供への供給停止が必要となろう」と述べたのである。
一九五九年と一九六一年の間に生まれた子どもについては身体異常児が二倍以上にふえている。大気圏内核実験の降下物により、ベータ線は八から十単位に上がり、局地的な降雨のさい、二千単位に達した例もある。国連世界保健機構の報告は、これら米国についてのベータ線資料を確認しており、また米国の四ないし十四歳の子どもの死亡原因のうち一つで最高の原因は白血病によるものだと認めている。二番目に高い原因は先天的奇形である。
『ニューヨーク・タイムズ』紙(の)一九六三年八月二十一日号によると、米ユタ州の二歳以下の子どもが一カ月弱の間に受けた放射性沃素131の量は、米政府が一年を通じての安全限度としている量の二ないし二十八倍に達したといわれる。これは一九六二年の出来事であった。その原因はおそらく地下核実験による放射性物質が地表にもれ出たためと思われる。世界の人々はこの残虐な愚行をいつまで許しておくのだろうか? 西側では、ソ連は軍縮にともなう査察や管理に同意しないから、ソ連との軍縮協定を求めてもムダであるといわれている。この見解ほ米国で広く信じられ、米国の新聞でたえずくり返されている。ジェームス・レストン(『ニューヨーク・タイムス』紙ワシントン支局長)のような解説者はたえずこの見解を繰り返している。ソ連は軍縮の全過程が完了するまではいかなる査察にも応じないという説は真実でない。
ソ連の立場は次のとおりである。もし西側が全面軍縮の原則に同意すれば、ソ連は、国際的につのった査察班を、いっさいの軍縮措置の開始に先だって各国に配置するよう要求する。もし全面軍縮について合意がなければ、ソ連は次の点を認めると言っている。
(a) いっさいの軍備削減の開始に先だって、数千人の国連査察官をソ連領土に入れる。
(b) これら国連査察官は、ソ連兵力の六〇%の解体、ミサイルなどあらゆる運搬手段の一〇〇%解体を現場で管理できる。
したがって、人類が生きながらえるために重要なことは、われわれがおたがいを悪魔と見なすのをやめ、相手のことでウソを言うのをやめ、真実をかくすのをやめ、そして事実を広めるとともに、時の許す限り、人類の存続のために努力し始めることである。バートランド・ラッセル平和財団とアトランティック平和財団が設立されたのは、この目的を完遂するためである。われわれは、これらの目的を支持する全世界の人々からの支持と財政援助を歓迎する。他人の悪を指摘するだけでは、もはや十分ではない。なぜならば、他人の悪はたいていわれわれ自身の態度の反映にすぎないからである。