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(バートランド・ラッセル) 生涯と哲学-最良の解説: A.J.エイヤー著『ラッセル』

* 出典:『朝日新聞』1980年3月16日(日)掲載新刊紹介)
* 書評対象: A.J.エイヤー(著)、吉田夏彦(訳)『ラッセル』(岩波書店,1980年1月刊 vii,209pp. 19cm./岩波現代選書 n.41)
* 原著:Russell, by A. J. Ayer, 1972.

 「生涯と哲学-最良の解説: A.J.エイヤー著『ラッセル』」

 バートランド・ラッセルは、訳者も「あとがき」でいっているように、論理学と哲学との相互交渉を重視するという西洋哲学の主流を代表した、今世紀前半の大哲学者である。本書はそのラッセルの生涯と哲学の全体について、著者(右写真: Ayer, Alfred Jules: 1910-1989)が「はしがき」でいうように、「専門家ではない人達にもわかるかたちで解説し」たものである。ラッセル解説としては、おそらく、これまでに(=1980年までに)書かれた最良の本であるだろう。
 しかし本書が一般教養書として本欄で紹介されるにふさわしいかについては、いささか躊躇(ちゅうちょ)せざるをえない。哲学者としてのラッセルは専門的な意味での「哲学」者だったのであり、したがって本書の議論も専門的であって、けっしてやさしいとはいえないからである。それもかかわらず本書は、1970年に98歳で死ぬまで新しい「哲学」の開拓と「道徳的な熱意と人類への不断の関心」に生きた「偉大な、そうして、よい人」のヒューマン・ヒストリーとして、多くの人々に読まれるに値する。

 本書は、「生涯と教育」(松下注:原著は life and works となっていいるので、「生涯と著作」の間違い/訳者・吉田教授の誤記)」「認識論」「実在についての考え方」(存在論)「道徳哲学」の4章から成っている。いずれの章も、著者のラッセルにたいする親愛の情に裏打ちされつつも、客観的にラッセルの哲学理論を要約し吟味し、著者自身の論理実証主義の立場から批判するという明噺(めいせき)な記述である。
 ラッセルは新しい論理学(数理論理学)およびそれと哲学との結合の道の開拓者であったから、著者もとくに第2章にもっとも多くのページをさいて、ラッセルのよく知られた「論理的構成」「数学の論理への還元」「タイプの理論」「記述の理論」「信念と真理についての理論」の吟味を行っている。さらに第3章の「知覚」「自意識と記憶」「帰納」といった「認識論」、第4章の「論理的原子論」「心と物」といった「存在論」。

 著者の吟味と批判にもかかわらず、ラッセルにつながる K.ポパーの哲学などを考えると、ラッセルの出した諸問題に決着がついたわけではない。
 さらに、たとえば性道徳の自由化というラッセルの主張および実践とそれの現状を思うだけでも、読者はまず第1章および第5章(倫理学・宗教・政治)を読んでから、第2・3・4章に近づくのが親しみやすく、賢明かもしれない。
 訳はたいへん正確と思われるが、ただあまりに読点が多いためにかえって読みづらいところがある。たとえば、「不満足を、満足がこえる度合い、が最大であるか」のように。(吉田夏彦訳、岩波書店、1,100円)