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(追悼記事)「未来への強烈な闘士(B.ラッセル)」
『朝日新聞』1970年2月3日付(夕刊)掲載

*(故)市井三郎・成蹊大学教授(哲学)の話


 ラッセルの死を聞いて第一に思うのは、彼は、彼の父親ときわめてよく似た生涯を送るようになったことだ。父アンバレー卿は、女性の権利が十分認められなかったビクトリア朝時代に、女性労働権を強く主張し、逆に政治家としてほうむり去られた。ラッセルは父親より長生きしたが、彼は父親と同じように、最も人気のないことを主張しつづけてきた。

 さらには、第二次世界大戦後も徹底的に、理性的社会批判を続けてきた。そして百歳近くの長寿をまっとうしつつ、周囲の迫害をものともせず、古いものと戦い続けた。

 何十年も前、ラッセルは死を予想して、(自分の)死亡記事を書いている。
 その中で、「自分は過ぎ去った時代の最後の人」という意味のことを書いているが、これは痛烈な皮肉である。いま訃報を聞いて、彼こそ、来るべき、より良き時代の最も強烈な闘士だったといえよう。
 もちろん学者として、記号論理学や認識論の分野での業績は大きく、二十世紀最大の哲学者十人のうちの一人にあげられる。