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バートランド・ラッセルのポータルサイト


バートランド・ラッセル(著),大竹勝(訳)『宗教は必要か』
(荒地出版社,1959年2月 201pp./同社刊・増補改訂版,1968年4月 245pp.)

* 原著:Why I am not a Christian, and Other Essays on Religion and Related Subjects, 1957)
* 写真右上:笠信太郎氏/写真左下:大竹勝氏、

(邦訳書)増補改訂版・訳者あとがき(Otake Masaru,1968年春、田園調布にて)

 昨年(1967年)の春、今(1968年)は亡き笠信太郎氏は、日本バートランド・ラッセル協会総会の席で次のような発言を行なった。
西欧哲学とイギリス哲学とを比較する場合、たとえば、ドイツ哲学者は、その枠組を完成しかつ強靱にすることには熱心であるが、その内容にいたっては案外平凡な場合が多い。ところが、イギリスの哲学者は、多くの場合、その枠組は不完全ではあるけれども、内容はきわめて豊富であり、人間としての経験も非凡である。そこでドイツ哲学者の枠組が尊重されている間は、その哲学も強くみえるが、ひとたびそれが古くなると、全体が崩壊するようなことになる。これに反して、イギリス哲学者の枠組は古くなっても、その内容とその哲学者の個性の面白さは久しく読者にくみとられる。わたしは、日本の哲学において、このイギリス風の行き方がもっと取り入れられるべきであると主張してきたし、ラッセル協会の会長を引き受けたのも、そうした趣旨からであった。しかし、この点を友人たちに話すと、「その考えには賛成だが、それを実行するとなれば、たいへんだなあ」と長嘆するばかりである。
 日本では、ドイツ風の哲学が盛んであるために、ラッセルのような高名の人の作品ですらあまりよく売れないと、理想者主人(松下注:理想社社長・佐々木隆彦氏のこと)がそばから発言したのも記憶に残っている。幸いにして、わが『宗教は必要か』は、増補改訂を必要とするほど読者諸氏の関心をよんだもののようである。ひとつには、荒地出版社主人、詩人・伊藤尚志氏の邦訳題名『宗教は必要か』の適切さもあり、この科学時代において、科学者は宗教をどのようにみているのかという日本読者層の要望もあり、またラッセルの文章が、大学入試の問題として盛んに採用されているということもあって、本書は異例の長命を保ってきたようである。
 今回の増補改訂にあたって、2編の増補のほかに、「バートランド・ラッセルとその思想」および「ラッセル年表」を加えて、読者諸氏の参考の一端としたい
 本書の上梓(じょうし)にあたり、校正および煩瑣な助手兼秘書の難役を快く引き受けていただいた大島丈夫君にお例申し上げる。最後にこの改版に特別の関心と共感ともって出版の決定にあたられた社長・伊藤尚志氏と意欲的に編集を遂行された桐山洋一氏に改めて感謝の意を表する次第。
 1968年春 田園調布にて

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