市井三郎「バートランド・ラッセル「歴史を読むことと理解すること」解題」
* 出典:バートランド・ラッセル(著)『ラッセル』(河出書房新社,1966年5月刊。415pp. 20 cm. 世界の大思想v.26)pp.335-371)* B. Russell: How to Read and Understanding History; the past as the key to the future. Kansas, U. S. A.; Haldeman-Julius Co., 1943.
これは初め32頁の小冊子として,1943年に表記のようにアメリカで刊行されたが,のち1957年にやはりアメリカのフィロソフィカル・ライブラリー社から出たラッセルの論文集(Understanding History and Other Essays)にもその一章として再録されている。
これは前記の小冊子として初めから書き下されたものだが,同年の1月に,滞米中のラッセルがバーンズ財団(財団のページ)からとつぜん解約の通告を受け,生活費にさえ支障をきたしたとき,その一助にという意味もあって執筆された。(右写真出典:Ray Monk's Bertrand Russell; the ghost of madness, 1921-1970, pub. by Vintage in 2001.)しかし内容面からみると,その2年前から同財団の援助によって,古代から現代にいたるぼう大な西洋哲学史の研究・執筆を開始していたラッセルが,ふつうの哲学史よりも枠をひろげて,歴史論一般にまでたくわえてきた思考を展開したものが,この小冊子だということができる。1945年に公刊されたかれの『西洋哲学史』を,要約したと見られる行文が方々に見られるのはそのためである。(参考:バートランド・ラッセル事件)
子供のための歴史教育や,ヘロドトスやツキュディデス,プルタルコス,ギボン,等の歴史家がなぜ偉大な歴史家といえるのか,といったことを巨匠的な筆致で軽やかに述べ始めているが,そのような「軽口」(frivolities)とかれ自身がいうものにまじって,歴史方法論に関する重大な諸問題が扱われてゆく。へーゲルに顕著に見られるような,全世界史を一つの図式でとらえようとする「歴史哲学」を,ラッセルは当然批判してゆきながら,マルクスの歴史観に対しては,賛成と反対の諸点を明らかにする。
例えば,R.H.トーニーが『宗教と資本主義の興隆』を書いて,プロテスタンティズムが近代資本主義の原因となったかに論じたことを,ラッセルは反駁してゆく。より社会的な原因をあげるかれは,その点でむしろマルクスに近いのだが,マルクスの歴史観に対するラッセルの最大の批判は,歴史における原因としての人間個人の知性,というものをマルクスが無視している点に向けられる。要するにラッセルは,歴史において科学的な一般化がなしうる限度をよく意識しており,そのような方向へ努力する経済史・社会学的歴史以外に,諸個人を詳しく学ぶことによって「演劇あるいは叙事詩の長所を真理性の長所と結びつける」歴史研究をも主張するのである。科学主義一本やりの歴史学がもつさまざまな盲点を指摘している点で,ラッセルのこの小冊子は注目すべき存在理由をもつとわたしは考える。
歴史に介入し良き意図を実現しようと苦闘した諸個人が,歴史の経過そのものによっていかに裏切られてきたか,その事実をも重要視するラッセルは,終りの方で「組織の歴史学」を提案することによって,その問題にこたえようとする。学究としてのみでなく,実践の苦杯をもいくどか呑みつづけたラッセルの,この提案に応ずることはまだ未来の問題なのである。