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バートランド・ラッセルのポータルサイト


バートランド・ラッセル(作),内山敏訳『ラッセル短篇集』
(中央公論社、1954年4月刊。207pp.)

* 原著:Satan in the Suburbs, 1953.
* 内山敏氏(1909〜?)は、日本バートランド・ラッセル協会設立発起人の一人

パルナッソス山*の守護者」
The Guardians of Parnassus
*昔 Apollo(アポロ;アポロン) や Muses に捧げられたギリシアの山々

 戦争とか戦争の噂に充ちている現代では、現代と比較すれば心配がない暮らしをしていたと思われる、祖父たちが生きていた、揺るぎない安定した時代に対し、ノスタルジーを感ずる人も多い。だが、揺るぎない安定というものは、代償を払わずには得られないものであり、その代償を払うだけの価値が常にあるか、私にはよくわからない。私の祖父は、私が生れたときには既に老人であったが、一部の人が黄金時代と想像する時代について、よく話をしてくれた。特にそれらの中のある話は、自分たちの時代だってそんなに悪くはないと考えさせる助けとなるようなものであった。祖父は次のように語った。

 もうだいぶ以前の話であるが、自分がオックスブリッジの学生だった時、かつては美しかったあの都市のまわりを囲む田舎道を、長時間散歩するのを習慣としていた。そしてその散歩の途中で、しばしば年配の牧師と馬にのった娘さんとの2人ずれとすれちがった。どういうわけかよくわからないが――この2人に心をひかれた。年寄りの方はやつれた表情で、長年の苦悩と異常な恐怖――あれとかこれとか何か特定のものを恐れているのではなく、典型的な恐怖というか、恐怖そのものが顔に表れているように思われた。馬を乗り回しているときでさえ、この親子がおたがい深く愛しあっているのは、よそ目にもはっきりとわかった。娘の方は19歳位の年頃に思われたが、表情からはそのような年頃の娘には全然見えなかった。人に良い印象を与える容貌とはとてもいえず、より目についたのは、強い決意をもった、ほとんど人を威嚇するような鋭い目つきであった。いったい、このひとは微笑したことがあるのだろうか、陽気になったことがあるんだろうか、何であるかはわからないが、彼女の顔にこれほど確固とした決意の刻印をつけたものを、ただの一瞬でも忘れたことがあるだろうか――とそう思わないわけにはいかなかった。この親子に何度も出会ったあと、ついにあるときに、あの年配の牧師はいったい何者かと一緒に散歩をしていた友達に尋ねた。「ああ、あの人か、あの人は、'犬の先生(Master of Dogs)'さ」と笑いながら友達は答えた。(マスター・オブ・ドッグスというのは、クレタ文明の神の名ではなくて、古代の犬儒学派(College of St. Cynicus)の先生で、この学派の門弟は、失礼にも、「犬」とよばれていた。)。なぜ笑うのかわけを聞くと、友達はいった。「君はあの年取った堕落者の話を知らないのかい?」――「知らないよ、罪を犯したもののようには見えないが、一体、何をしたというんだい?」と私は言った。――「ああ、そうだね、今じゃ昔の話だが、お望みとあらば聞かせてやろう。」と彼は言った。――「聞きたいね、あのひとに興味をもっているんだ、それから娘さんにも。ぜひとも、あの老人のことはもっと知りたいんだ。」と私はいった。私の聞いたその話は、あとで知ったが、オックスブリッジでは誰も知らぬものはいない有名な話で、ただ新入生だけがまだ知らぬだけであった。それはざっと次のような話だった。:・・・
(The Guardian of Parnassus の他の挿絵)

*この続きは、原書を購入して読まれるか、邦訳書をお読みください。(『ラッセル短篇集』は、早大ラッセル関係資料コーナー、国会図書館、都立中央図書館、東洋大、京大総合人間学部、神戸市立大学、琉球大学等で所蔵しています。また、Cambridge 大学図書館及び Oxford 大学図書館でもこの邦訳書を所蔵しています。)

... In our age of wars and rumours of wars there are many who look back with nostalgia to that period of apparently unshakable stability in which their grandfathers lived what now appears like a carefree life. ...