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(語学テキスト)平野敬一(注解)『心の悪魔
(成美堂版、1974年1月刊。104pp.)

* 原著:Satan in the Suburbs, 1953.

編者まえがき(平野敬一,1973年12月)

 思想家あるいは平和運動家としての Bertrand Russe11(1872-1970)については,わが国でもよく知られ,語りつくされた感じさえあり,ここにあらためて紹介するまでもなかろう. German Social Democracy(1896)にはじまり Autobiography,v.3:1944-1967(1969)にいたる驚くほど多数の著作を列記するだけで,この「まえがき」の紙数はつきてしまうであろう.ただ思想家ラッセルに比べると,すでに1950年にノーベル文学賞をもらっている「文学者」ラッセルの面が比較的知られていないように思われる.(もっともノーベル文学賞受賞の時点ではラッセルはまだ文学作品,つまり中短篇小説の類を発表しておらず,受賞はラッセルのもっと広い意味における「文学」活動に対してなされたものである.)
 ラッセルの文学活動は実はかなり古くにさかのぼるものである.短篇小説集('Satan in the Suburbs' 他4篇)がはじめて世に出たのは1953年であるが、その40年前にすでに、'The Perplexities of John Forstice' という短篇小説を書いているのである.親しかった G. Lowes Dickinson は当時これを 'a very great piece of writing' と私信で絶賛してくれたが、けっきょくこの作品は半世紀以上、篋(きょう)底にねむり,公表されたのは没する前々年の1968年だった。ラッセルに自信がなかったというより,当時のラッセルの知的関心の方向や性質からして文学者になる気持ちがさらさらなかったからである.しかし晩年になってラッセルはどういうわけか(自分でもわからないといっているが),無性に短篇小説が書きたくなった。上記の短篇小説集を発表したときラッセルはすでに80歳を越していた.「80歳になって新機軸を出すのは先例がないわけでない」と序文で一応言いわけをしてから「文学の分野では自分に批判能力がないので,これらの短篇になんらかの価値があるかどうか,私にはわからない.ただ自分としては楽しく書いたので,楽しく読んでくださる読者がいるかも知れないと思うだけです」とたんたんと控えめに述べているのである.もちろん文学者としての自分の評価を世に問うといった気負いはすこしもない.だから読者としては楽しく気軽に読み流せばいいのかもしれないが,作者が表向きなんと言おうと,「思想家」ラッセルが作品の中に顔を出しており,どの作品もたんなる読みものの域にとどまることを肯んじない.  'Satan in the Suburbs' は上記短篇集の中の代表作である.ロンドンのある退屈なほど平和な郊外にとつぜんふしぎな看板を出して開業をした医者がいる.その看板に惹かれて訪れる患者が何人かいるが,いずれもおそろしい破局に見舞われる.この医者こそ表題の「郊外の悪魔」に他ならず,さいごにその悪業の報いを受ける,という筋立てになっているが,読んでいくうちに,この悪魔は,われわれ一人々々の中に巣くっている無意識の願望の化身に他ならないことが判明してくる.「郊外の悪魔」は,要するに「われわれの内なる悪魔」なのである.人間はそれぞれこういう悪魔を,おのが心の深層にひそませているのである.
 しかし,こういうかんたんな解説にたいしてもラッセルは異を唱えるかもしれない.上記短篇集の序文で次のようにいっているからである.
I should be very sorry if it were supposed that the stories are meant to point a moral or illustrate a doctrine. Each of them was written for its own sake,simply as a story,and if it is found either interesting or amusing it has served its purpose.
 ラッセルのこのことばを額面通りに受けとるか,眉につばして受けとるか,それはわれわれ読者に許された自由であろう.
 なおラッセルの文章の平明さと折り目の正しさはさすがと思わせる.俗語やスラングを潔癖に拒否しながら,なおも人間の修羅の相(すがた)を描くことが可能であることをラッセルは示している.