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大淵和夫・鶴見良行(共訳)『自由と組織』(みすず書房,1960年刊行)
(原著: Freedom and Organizaiton, 1934)
原著まえがき(1934年5月)
Preface to Freedom and Organization.

 この本は、1814年から1914年までの100年間にわたる、政治上の推移の主要原因をあとづけよう、という企てである
 これらの原因には3種類あった、と私には思われる。すなわち、1)実用技術、2)政治理論、3)重要人物、である。これらはどれ1つとして無視できるものはなく、また、それを別の種類の原因の結果であるとして説明しつくすこともできない、と私は考えている。
 実用的な技術というものは、何人かのすぐれた発明家たちがいなかったならば、これまでそれがたどってきたような変化はしなかったことであろう。民族国家主義(ナショナリズム)をよしとする考えがあったこと、支配者階級の大部分によって民主主義が唱道されたこと、これらが事の成り行きに強く影響した。しかもこの2つは、それを完全に経済的な原因にまであとづけることはできない。自由競争は人類の進歩にとって主要な刺激物である、とイギリスおよびアメリカの急進論者たちは心から信じていた。これは疑いもなく、主として経済的な配慮にもとづいて奨励されたのであるが、同時にまた、プロテスタンティズムとも明白な関係がある。だから、実用技術というものは、19世紀における変化のもっとも重要な原因と考えねばならないにせよ、それをもってただ1つの原因とみることはできない。特に、それだけでは、人類が分裂して民族国家となってゆくことが説明できないのである。

 歴史において個人の演ずる役割りは、力ーライルがこれを必要以上に強調したものであり、今日なお、その反動的な弟子どもによって過大視されている。しかし一方でまた、社会の変化法則を発見した、と自ら信じている人びとによって、それは不当に過少評価される傾向にある。
 私の考えでは、もしビスマルクが幼少のとき亡くなっていたとしても、過去70年間のヨーロッパの歴史は、それが,これまで実際にたどってきた発展とほとんど変らなかっただろう、などとは考えられないのである。そして、ビスマルクについてはっきりと真であることは、それほど明確ではないにせよ、19世紀の著名人の多くについても、真である。
 のみならずまた、チャンス(松下注:偶然)と呼ばれるものの、すなわち、たまたま重大な結果をもたらす何でもない出来事の演ずる役割りをも無視することはできない。第1次世界大戦をひきおこしたと考えられる原因は多い。だがそれは不可避のものではなかった。ギリギリの最後の瞬間にいたるまで、実際には起らなかった小さな出来事によって、開戦をひきのばすことができたかもしれない。もちろん、そうした出来事が起るのが、なぜ不可能となったのか、われわれとしては知るところもないのだが。そして、開戦がひきのばされていたならば、平和を求める諸勢力が圧倒的となっていたかもしれない。
 歴史とは、要するに、まだ科学ではないのである。それは変造と省略によって、やっと科学らしくみせているにすぎない。

 しかしながら、他にも原因がまた働いていた、と心にとどめておくならば、あまり簡略化しすぎないで、いくつかの大きな原因の結果をたどることも、不可能ではない。この本の目的は、19世紀における変化の2大原因の対立と相互干渉のあとをたどるにある。すなわち、自由主義者や急進論者たちの間に一般化していた「自由」への信念と、産業的ならびに科学的技術によって生じた「組織化」への必然性とである(訳注:わかりにくい訳で誤読する可能性あり。→改訳:「本書の目的は、19世紀における変化の2大原因 -自由主義者や急進論者たちの間に一般化していた「自由」への信念と、産業的ならびに科学的技術によって生じた「組織化」への必然性- の対立と相互干渉(の跡)をたどることにある。」)

 この本の執筆にあたって、私の協力者ピーター・スペンスが仕事を分担してくれた。彼は(松下注:「彼女は」のまちがい。Peter は Patricia の愛称であり、ラッセルはこの本の出版の2年後に、彼女と再婚している。)数え切れないほどの多くの貴重な助言をしてくれたのみならず、調査研究(松下注:ここでは、research は「調査研究」ではなく、「調査」と訳さないと誤解を招くと思われる。)の半ばをやり、計画のかなりの部分をたて、そして、本の一部を実際に書いてくれた。
 1934年5月
 

 

*写真出典:R. Clark's The Life of B. Russell, 1975

THIS book is an attempt to trace the main causes of political change during the hundred years from 1814 to 1914. These causes appear to me to have been of three kinds: economic technique, political theory, and important individuals. I do not believe that any one of these three can be ignored, or wholly explained away as an effect of causes of other kinds. Economic technique would not have changed as it did but for the existence of certain remarkable inventors. Belief in nationality, and advocacy of democracy by large sections of the governing classes, powerfully influenced the course of events, and cannot themselves be traced, in their entirety, to economic sources. Free competition, which was accepted whole-heartedly as the main incentive to progress by British and American Radicals, was, no doubt, recommended chiefly by economic considerations, but had also an obvious connection with Protestantism. While, therefore, economic technique must be regarded as the most important cause of change in the nineteenth century, it cannot be regarded as the sole cause; in particular, it does not account for the division of mankind into nations.
The part played in history by individuals, which was over-emphasized by Carlyle, and is still exaggerated in our day by his reactionary disciples, tends, on the other hand, to be unduly minimized by those who believe themselves to have discovered the laws of sociological change. I do not believe that, if Bismarck had died in infancy, the history of Europe during the past seventy years would have been at all closely similar to what it has been. And what is true in an eminent degree of Bismarck is true, in a somewhat lesser degree, of many of the prominent men of the nineteenth century.
Nor can we ignore the part played by what may be called chance, that is to say, by trivial occurrences which happened to have great effects. The Great War was made probable by large causes, but not inevitable. Down to the last moment, it might have been postponed by minor events which did not take place, though nothing that we know of made them impossible; and if it had been postponed, the forces making for peace might have become predominant.
History, in short, is not yet a science, and can only be made to seem scientific by falsifications and omissions.
It is possible, however, to trace the effects of large causes without over-simplification, provided it is remembered that other causes have also been operative.
The purpose of this book is to trace the opposition and interaction of two main causes of change in the nineteenth century: the belief in freedom which was common to Liberals and Radicals, and the necessity of organization which arose through industrial and scientific technique.
Throughout the writing of this book, the work has been shared by my collaborator, Peter Spence, who has done half the research, a large part of the planning, and small portions of the actual writing, besides making innumerable valuable suggestions.
 May 1934