バートランド・ラッセル(著),八木林二(訳)『哲学の諸問題』(金聖堂刊,初版=1933年,16+209pp.)
* 伊藤吉之助(いとう・きちのすけ,1885-1961):哲学者。大正9年ドイツに留学。12年母校東京帝国大学の講師,昭和5年教授。1922年北海道帝国大学法文学部長,のち中央大教授。「岩波哲学小辞典」の編者。伊藤吉之助「八木林二(訳)『哲学の諸問題への序」
茲に(ここに)訳出せられたバートランド・ラッセルの『哲学の諸問題』は,元来「家庭大学文庫(叢書)」中の一篇として,従って易解を旨として書かれたものであって,ラッセルの哲学思想,殊にその実在論的立場の認識論的基礎づけを理解する入門書として最も適当なるものであろう。周知の如く,ラッセルは現代英語圏に於ける有力なる哲学者の一人であり,その哲学的態度は,本書の中で,哲学的知識は科学的知識と本質的には何等異なるものではなく,哲学の科学と区別せられる本質的特徴は批評にあると云い,更に,哲学の何よりも先ず目ざす所のものは知識であり,それは諸科学に統一と体系とを与える知識,乃至は確信,臆断,信念の基礎の批評より生ずる知識であると云って居る言葉によって簡明にこれを示して居る。今斯かる主張の是非は別として,兎に角,現代に於ける一の代表的態度であることは否定し得ないと思う。
ラッセルは本書に於いて,右の如き態度に立って,知覚の分析より出発し,これに基づいてその認識理論を構成して居るが,その主張は種々なる難問を含むと思われるにもかかわらず,総じて実在論が現代哲学の主要なる一傾向をなして居る今日,読者は本書より進んで,ラッセルの他の諸論著に及び,さらに英語圏一般の現代実在論の特色を学び知ると共に,これを他の実在論,例えば独逸に於ける現代実在論などと併せて稽えて(かんがえて)見ることもまた一の興味のある仕事と云うべきであろう。
昭和八年八月 伊藤吉之助