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ラッセル「記憶」

出典:牧野力(編/訳)『ラッセル思想辞典』より

Source: The Analysis of MInd, 1921, chap.9


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 以下は遠藤弘氏(当時早稲田大学文学部教授)による要旨訳(ただし、少し言葉を補っています)に、関連している英文を付け加えたものです。

 ラッセルによれば、我々が記憶イメージとして信頼するイメージを他(のイメージ)から区別するためにそのイメージ(=記憶イメージ)がもたねばならない性質は、まず第一に、それ(記憶イメージ)につきまとう親しみの感じである。そして第二に、当の過去から現在にいたるまでの脈絡を伴った過去性の感じである。前者は記憶に、それ(記憶されたイメージ)への信頼感を後者は記憶に、時間秩序における場を賦与する。さらにイメージのこれらの性質にもとづく信念の感じが必要である。 記憶イメージと想像イメージとの差はそれらの本質的な質においては見当たらない。記憶イメージには「現にこのことが起ったのだ」という信念の感じが伴うのである。ラッセルはこの記憶信念が記憶イメージに意味を与えると言う。すなわち、その(記憶)イメージは過去において実在していた一つの対象を指し示していると我々に感じさせるのである。それは「これに似た何かが起こった」というような複雑な想念ではなく「これが起った」という直感的な感じで あり、その際の「これ」はイメージとその原形とをともに包み込んでしまうのである。
 しかし、現在のできごととしてのイメージと過去の感覚とが同一でないことは論理的にみて歴然としているから、「これ」によって両方を意味させる記憶信念はつねに偽であるという反論に対して、ラッセルは日常言語における「これ」は漠然としているが、決して偽ではないという。すなわち、記憶信念における「これ」は通常の「これ」のように一般語ではなく、曖昧語である。それは区別される二つのものではなく、区別されざる二つのものを言い表しているのである。(遠藤)

(Memory-images and imagination-images do not differ in their intrinsic qualities, so far as we can discover. They differ by the fact that the images that constitute memories, unlike those that constitute imagination, are accompanied by a feeling of belief which may be expressed in the words "this happened." The mere occurrence of images, without this feeling of belief, constitutes imagination; it is the element of belief that is the distinctive thing in memory. ...
There are two distinct questions to be asked: (1) What causes us to say that a thing occurs? (2) What are we feeling when we say this? As to the first question, in the crude use of the word, which is what concerns us, memory-images would not be said to occur; they would not be noticed in themselves, but merely used as signs of the past event. Images are "merely imaginary"; they have not, in crude thought, the sort of reality that belongs to outside bodies. ...