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ラッセル「世界政府を嫌う人の心情」

牧野力(編)『ラッセル思想辞典

* From: Has Man a Future?, 1961, chap.7.)


 世界政府に味方する主な論拠は、もし適切に構成されれば、戦争防止に役立つという点にある。世界政府という超国家組織の構成は可能であっても、それが有効に戦争を食い止める実効を生むのは容易でない。多くの最も強い反対意見は、国家主義的感情から起きている。だが、国家の自由のためにという心情は、近々百五十年の間に急速に強大になったものである。
 国家の無制限な自由を支持する者は、それと同じ論拠から個人の無制限な自由を正当化する論理が生れ、それで他人が迷惑することを悟っていない。
 他人の自由を侵害する暴行や殺人はどの国でも法律で禁止されている。もし禁止しないと、殺人犯以外の人々の自由は小さくなる。否、その殺人犯も他の殺人犯に殺されかねないから、その本人の自由もなくなる。
 国家が各個人の殺人権を法的に取り上げて、個人の自由を保障するのと全く同じように、世界政府が各国家のもつ外国人殺人権を国際法で取り上げて、戦争をしたくない人類の自由を保障するのは同じ論理の延長である。これが反対されるのはおかしい。民族国家の手前勝手な自由主義、民族的優越感、原始的衝動に甘える無反省などが、人類共通の幸福を阻害している。莫大な破壊性、極端な迅速性、計り知れない殺傷性をもつ核兵器が出現した現代では、どうしても民族国家の外国人殺人権を世界政府に委譲しなければならなくなったのである。
 国際法の祖グロチウス(一五八三~一六九五)がこの見解から法文を作る企てをしたのは、全く賞賛に値する。核戦争に恐怖する前に、この殺人権の委譲の必要性を悟るべきであるまいか。