バートランド・ラッセル「戦争廃止は可能か」
* 原著:Can war be abolished?, 1961?* 出典:『ラッセル思想辞典』
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今や六千年間の通常兵器を使った時代の戦争では考えられなかった新しい性質の災害が増大した。そして戦争が人類の死滅を招くに到る時代には、それに対応して、新しい角度から、国際問題を観ることを学ばねばならない。これが、戦争廃止は可能か、不可能かを自ら判断する第一歩である。
自国の特定のイデオロギーを採用すれば、戦争を阻止できると対立国双方で考えているが、これはひどい誤りである。すべてのイデオロギーの基礎には、よく見れば疑問の余地があり、最悪の場合、全くの虚偽すら含まれる。あるものは単なる独断的主張である。その信奉者が熱狂して、イデオロギー実現のためには戦争も辞せずという心構えを固めるのである。
悪の根は、ある教義の特定の性格内容にあるというよりも、独断的な気質にある。人類死滅の核戦争をなくそうと望むならば、この気質をまず捨てねばならない。相互に許し合い、協力する大きな気持が大前提である。平和維持に真に役立つ運動は、左翼的傾向でも、右翼的傾向でもなく、これらを考慮の外に置く、危機打開への人間的心情から出たものであるべきだ。
人類は弱小な生物として、自然と猛獣との恐怖におびえて知能に導かれ、無意識的な協力的集団生活を通じて、外在的危険を克服してきたが、今まだ内在的危険を克服していない。この人間自身に内在する、猛虎よりどう猛な原始的衝動との闘いとその克服こそが現代人一人一人が直面すべき "戦争廃止" への課題という仕事である。
人類は核兵器出現に直面して、ヒト自身の遺伝的情熱を克服する最後の段階に立った。失敗して、原始時代から積み重ねた大きな進歩を無にするか、今まで地上のいかなる時代の人々にも夢として未だ実現しなかった計り知れない幸福への創造の時代に入るか、そのいずれかの二者択一を迫られているのが現代人の姿である。
人類(ヒト)別名ホモ・サピエンスは、真剣にその気になりさえすれば、ホモ・サピエンスたる栄誉にふさわしく生きられると私は確信する。それには、精神的習慣を闘争から協力へと発想転換し、実践する必要がある。これは容易な作業ではなく、忍耐して皆が力を合せ、助け合って初めて可能な仕事であるが、それだけの値打は十分にある。そして、世論と人情がもっと明知の世界に移り住めば、科学の知恵ある活用により、打開への客観的条件は今備わっている。(右イラスト出典:B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953)
戦争廃止の可能性は、原水爆を前にして、闘争より協力への心理転換の習慣を形成することにある。