バートランド・ラッセル「希望と絶望、楽観と悲観-(疲れ果てた)登山家としての人類」」
* ラッセル関係の語学テキストから採録したものです。* 出典:佐山栄太郎(編)『訳注ラッセル選』(南雲堂,1960年7月刊)pp.174-175.
Hope and despair; optimism and pessimism. |
「希望と絶望、楽観と悲観-(疲れ果てた)>登山家としての人類 |
What I do want to stress*1 is that the kind of lethargic*2 despair which is now not uncommon, is irrational*3. Mankind is in the position of a man climbing a difficult and dangerous precipice*4, at the summit of which there is a plateau*5 of delicious mountain meadows. With every step that he climbs, his fall, if he does fall, becomes more terrible; with every step his weariness increases and the ascent*6 grows more difficult. At last there is only one more step to be taken, but the climber does not know this, because he cannot see beyond the jutting*7 rocks at his head. His exhaustion*8 is so complete that he wants nothing but rest. If he lets go*9 he will find rest in death.
Hope calls: 'One more effort - perhaps it will be the last effort needed.'Does the exhausted climber make one more effort, or does he let himself sink into the abyss?*11 In a few years those of us who are still alive will know the answer. |
【ヒント】 人類は今や絶望のためすべての努力を放棄してしまいたくなっているように見える。果してそう悲観すぺきものか。人類を登山家にたとえれば、今はどういう所に来ているというのか。そこで希望,皮肉,悲観,楽観は人間にどう呼びかけているか。 【語句】 *1 stress = emphasize. stress を名詞にして lay or put stress on と長たらしくも言える。 *2 lethargic[lea:dik]「昏睡状態の」「無感動な」 *3 irrational 「不合理な」 *4 precipice「断崖」 *5 plateau[pltou]「高原」with every step that he climbs「一歩のぼるごとに」このままの形で覚えて応用を心掛ける *6 ascent[osent]「上昇」「登欝」 動詞は ascend 同じ発音の assent は「同意」「同意する」だから混同しないこと。 *7 jutting 「突き出している」 *8 exhaustion[igz:stn]「はげしい疲労」 *9 let go ここでは let himself go と同じ意味で{絶望に)「身をまかせる」である。「握っていたものを放す」が普通の意味。 Hope や Irony, Optimism, Pessimism はそれぞれ擬人化してある。 *10 land「着陸させる」 *11 abyss 「深淵」 【構文】 that the kind of ... is irrationa1 は名詞節で補語の役。with every step that he climbs で climb は他動詞であるから,climb a step と使えるわけ。われわれなら every step that he takes in climbing などと書きそうなところ。それでもわかるが,本文の方が簡単である。 |
【邦訳】 私が強調したいことは、今やかなり広く見られるこの無感動な絶望感というものは不合理なものであるという点である。困難な危険な断崖を登って行くが、その頂上に行けば実に心地よい草地のひろがっている高原(草原)がある,人類はまさにこういう(断崖をよじ登る)登山家の立場にあるのだ。一歩登るたびに,もしも彼が墜落するとなれば,それだけ怖ろしいことになる。一歩進むごとに,疲労は増し,登攀(とうはん)は増々困難になる。ついに,もう一歩だけ登ればよいというところに来た,けれども彼はそれを知らない,頭の上に突き出した岩があって先が見えないからである。彼の疲労はもう極度に達した,それで休息のほか何も欲しない。もし彼がそこでやめてしまえば,死の休息を得るだけであろう。 希望は呼ぶ,「もう一ふんぱつ-おそらくこれが必要な最後の努力となるだろう。」疲れはてた登山家はもう一ふんぱつするか,それとも奈落の底に落ちるに身をまかせるか。これから数年たって見れば,その時生きている人たちは,この答を知るであろう。 |