バートランド・ラッセル「社会における個人-英雄、普通人、歯車」
* (語学テキスト)佐山栄太郎(編)『訳注ラッセル選』から採録* 出典:佐山栄太郎(編)『訳注ラッセル選』(南雲堂,1960年7月刊)pp.108-1093.
A hero, a common man, and a cog. |
社会における個人-英雄、普通人、歯車 |
In a good social system, every man will be at once*1 a hero, a common man, and a cog*2, to the greatest possible extent, though if he is any one of these in an exceptional degree his other two roles*3 may be diminished.*4 Qua*5 hero, a man should have the opportunity of initiative*6; qua common man, he should have security; qua cog, he should be useful. A nation cannot achieve great excellence by any one of these alone. In Poland before the partition*7, all were heroes (at least all nobles) ; the Middle West*8 is the home of the common man; and in Russia everyone outside the Politburo*9 is a cog. No one of these three is quite satisfactory. The cog theory, though mechanically feasible*10, is humanly the most devastation*11(多分 davastating の誤植) of the three. A cog, we said, should be useful. Yes, but useful for what? You cannot say useful for promoting initiative, since the cog-mentality is antithetic*12 to the hero mentality. If you say useful for the happiness of the common man, you subordinate the machine to its effects in human feelings, which is to abandon the cog theory. You can only justify the cog theory by worship of the machine.
|
【ヒント】 ここには模範的な社会組織はどういうものであるかが述べてある。諸君の多くは cog と qua を知らないだろう。しかし,大意はほぽ掴めると思う。このよい社会組織では各々の構成員はどういう資格であるべきか。その資格のパランスが失われた社会の例は何か。また,cog theory はどういうふうにして成立つか。 【語句】 *1 at`once ... and 「同時に ...で」この at once をここで immediately とか without de1ay の意味にとってはいけない。 *2 cog「歯車」 つまり社会を一つの機械にたとえている。 *3 roles 「役割」 *4 diminish = become less, smaller. *5 qua(kwei] = in the capacity of. 「~の資格で」, これはラテン語の関係代名詞。 *6 the opportunity of initiative 「首唱又は率先の機会」 *7 partition 「分割」 Poiand の分割とは,第二次大戦の初め,1939年,ドイツとソヴィエトによる分割のことであろう。 *8 Middle West 「米国中西部」 *9 Politburo[plitbjurou]「ソ連共産党政治局」 *10 feasible 「実行可能な」 *11 devasting「蹂躙するような」 *12 antithetic 「正反対の」 【構文】 今回はなし。 |
【邦訳】 よき社会制度においては,各人が最大限度に、英雄と普通人と歯車とを兼ねているものであろう。もっともこのうちの一つが異常であれば,他の二つの役割は縮小してしまうだろう。英雄としては首唱率先(イニシアティブ)の機会をもち,普通人としては安定をもたねばならず,歯車としては役に立つものでなければならない。国家というものはこれらのうちのどれか一つだけでは卓越することは出来ない。分割以前のポーランドでは,すべてのものが英雄であった(少なくとも貴族のすべては),アメリカ中西部は普通人の本場であり,ロシアでは政治局以外のものはみな歯車である。この三つの場合はどれも全く申分ないとは言えない。 歯車説は機械的には実行可能であるけれども三つのうちで最も人間性を蹂躙するものである。歯車は有用でなければならぬと前に言った。その通りだが,一体,何に有用なのか。首唱率先を促進するに有用であるとは言えない,というのは歯車心理は英雄心理とは正反対であるからである。平凡人の幸福に有用であると言えぱ,機械の地位を,人間の感情に及ぼす機械の影響の下に置く(=あくまでも人間中心、機械は人間のためにある)ことになり、そのことは、歯車説を棄てることである。機械崇拝によってのみ歯車説は是認されるのである。 |