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(語学テキスト) 佐山栄太郎(編)『訳注ラッセル選』(南雲堂,1960年7月刊)pp.16-17.

目次

constructive purposes

退屈の価値-建設的な目的

The excitement is in the nature of*1 a drug,*2 of which more and more will come to be required,*3 and the physical passivity during the excitement is contrary to instinct. A child develops best when, like a young plant, he is left undisturbed *4 in the same soil. Too much travel, too much variety of impressions, are not good for the young, and cause them as they grow up to become incapable of enduring*5 fruitful*6 monotony. I do not mean that monotony has any merits*7 of its own; I mean only that certain good things are not possible except where there is a certain degree of monotony. A boy or young man who has some serious constructive purpose*8 will endure voluntarily*9 a great deal of boredom if he finds that it is necessary by the way.*10 But constructive purposes do not easily form themselves in a boy's mind if he is living a life of distractions and dissipations,*11 for in that case his thoughts will always be directed towards the next pleasure rather than towards the distant achievement.*12
(From: The Conquest of Happiness, 1930)

【ヒント】
しょっちゅう植えかえられては草木も育たない。子供も絶えず目先きの変った環境の中を動いていてはよい仕事をするという気持にならない。反対に何か遠い将来に立派な仕事をするのだというような目標を立てれば,その途中の単調無味な生活も辛抱するようになる。


【語句】
(1)in the nature of = resembling「似ている」
{2)drug「薬剤」ここでは「麻薬」の方。
(3)come to be required「要求されるようになる」「必要になってくる」
(4)is left undisturbed「邪魔せずにおく」「そっとそのままにしておく」
(5)incapable of enduring=unable to endure
(6)fruitful「収穫のある」「有益な」
(7)merits「価値」
(8)constructive purpose「建設的目的」
{9)voluntarily「進んで」「心よく」
(10)by the way「途中で」
(11)distractions and dissipations「気晴らしと道楽」
(12)distant achievement「遠い将来の業績」

【構文】
of which more and more の which の先行詞は前の drug で, and more and more drug としてみればよく解る。cause them and as they grow up to be come...' では cause them to be come と続き、その間に副詞節の as they grow up がはさまっている。 it is necessary の it は a great deal of boredom を代表する。do not form themselves は are not formed とかきかえられる。
【邦訳】


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 そういう刺戟は麻薬のようなものであって,段々とその分量を増さねばならなくなる。そして,興奮している時の肉体的受動の状態は、本能に反するものである。子供はちょうど若木のようなもので,同じ土壌に,いじり廻わさずに,そっとして置く時に,最もよく成長する。余り多く旅行するとか,余り変化に富む印象というものは若い者にはためにならない。そして子供が大きくなるに従って,有益な単調さに堪えることが出来ないようにさせてしまう。私は単調にはそれ自体に価値があると言うつもりはない。ただ,ある程度の単調さのあるところでなければ,ある種のよいものはあり得ないと言っているのである。子供や青年は,何か真剣な建設的目的を抱いていれば,どんな退屈さも,もしその途上で必要と感じれば,よろこんで辛抱するだろう。しかし建設的目的というものは,気晴らしや道楽の生活を送っている子供の心には,やすやすと生れるものではない。というのは,このような子供の場合には,その心はすぐ次の快楽の方へいつも惹かれていて、遠い将来の業績の方へはなかなか向けられないからである。 ONT>