バートランド・ラッセル「搾取と貧困の解決」
* The Practice and Theory of Bolshevism, pt.2, chap. 5, 1920.* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典』所収
ボルシェビズム(ロシア共産主義)以外の方法で資本主義経済組織の基本的改革は可能か? この問いに答えるのが困難なために、理想家はプロレタリア独裁論に魅力を感じる。だが、暴力革命と少数派の支配でも理想家の望む成果が生れないならば、ボルシェビキの方法は強硬だから、対策に絶望せざるをえない。私は一九二〇年当時のソ連の光景(松下注:ラッセルは、1920年にロシア訪問)から、ボルシェビキ的方法にも不信感を抱いたが、最初は資本主義の本質的害悪をどう是正するかわからなかったことを告白する。
だが、二つの事柄を承認せざるをえない。第一、資本主義のもつ最悪の弊害の多くは共産主義の下でも存続すること、第二、これらの弊害是正には、一般的な精神状態の変化を必要とするから、性急な是正方法では不可能なことである。
私は、資本主義の主な弊害は「富の不平等」だけとは考えない。貧困の問題は、心理的要素と「権力配分の不均衡」とを考慮に入れない限り、現存組織内では決して解決できない。
資本主義組織のより重大な弊害は、すべて「権力の不均衡」な配分から始まる。これへの対策の物的条件は存在しているが、心理的条件は存在していない。権力が少数者に集中されていて、社会全体には極めて広く分散配分されていないからである。
権力が強力に少数者に集中されている社会では、個人のもつ最も貴重な諸衝動が犠牲にされる。
「権力の平等」を伴わない「富の平等」化は小さな不安定な業績(注:achievement 「成果」という訳語のほうが適切)である。「権力の平等」化は、性急には達成されず、道徳的、知的、技術的な教育のかなり高い水準への向上とそのための時間とを必要とする。寛容と協力の習慣形成を広く一般化するために、極端な危機が長期間に亘らないことが必要だ。性急な方法は独裁政治と個人の奴隷化とを必要とする。ひと度独裁政府が樹立され存続すると、権力悪が発生・定着し、民主主義の実体は生れにくくなる。「産業の自治」は良き社会に不可欠の条件である。ボルシェビキ理論の誤りは、注意を '富の不平等' 一つに集中し過ぎて、最大の政治悪である '権力の不平等' を軽視する所にある。
個人間の幸福な関係は、憎悪の社会哲学や暴力的抑圧の政治方式からの解放、教条主義でない教育の普及、合理的に使われる閑暇(レジャー)、芸術と科学の進歩、などから生れ、これらこそ政治理論の扱う最も重要な目的であるが、それは階級闘争と共産党独裁からは生れない。
私は、ロシアにおいてボルシェビズムが必然的で有用なのを認めても、それが世界に広がるのは見たくない。西欧の進歩分子の明知と開眼が必要である。 (松下注:イラストの出典 Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.)