バートランド・ラッセルのポータルサイト

バートランド・ラッセル「権力悪」

* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典
* Source: What is democracy? 1953.)

 権力者は、古今東西、恐怖心さえ抱かなければ、権力を持たない人間の幸不幸には無頓着である。上流階級の人々は、自分達が幸せに暮すためにどんな苦痛を他人に与えているかを生涯知らずに暮したり、知っても知らないふりをする。
 メルバーン卿はヴィクトリア女王(時代)の最初の首相で、私生活では、魅力的で、教養が豊かで、博識で、人情深く、気前よく、金持だった。だが、彼があのように優雅に暮せたのは、少年達がハシタ金のために暗闇の炭坑内で長時間働いたお陰だった。似た話はざらにある。プラトンの『対話篇』に出てくる洗練されたギリシアの若者たちを、英国の古典学者達は英国上流階級の青年の模範例にするが、若者らは短命なギリシア帝国を搾取して暮していた。また、十八世紀終りから十九世紀初めにかけて、英国の上下両院は地主貴族の代議士の集りで、貧農達が共同地で享受してきた権利を取り上げる囲地条令(囲い込み条例)を通過させた。これで農村の過疎化が起り、貧農は都会に流出して、長時間労働と低賃金の犠牲の下で産業発展にひと役買った。成人だけではなく、児童らも一日十二時間以上工場で働き、作業中眠り、機械に巻き込まれ、体を寸断された。
 右の例は、個人が悪いと言うよりも、権力悪のある社会の仕組みの結果というべきで、これを防止するには、政治的、経済的に権力を全市民に配分する民主主義しかない。(挿絵: From: Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.)