バートランド・ラッセル「自由と規律」
* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典』* Source: How to Read and Understanding History, 1943
自由と規律とは人間生活に不可欠で、相反した性格をもち、独裁と無秩序との危険が予想される現代において、早急に両者の最良の結合法を悟らねばならない。
最も偉大な創造的な時代には、意見は自由でありながら、一方、行動はある程度保守的だった。懐疑的な態度は道徳的タブーを崩壊させ、やがて社会は手がつけられない無秩序となり、自由から圧制に代る。ギリシアは初め道徳的体系を持っていたが、やがてソフィスト達の懐疑を生み、一般的衰退が現れ、ついに厳格なローマ人に支配された。彼らもまた初めは知的であったが、次第に軟弱化し、亡びていった。
自由と規律との間の二律背反(ディレンマ)を解決するには、明らかに妥協を計るしかない。
個人に業績や成果をあげさせる余裕を与えない社会体制はほめられないし、また、行き過ぎた個人主義が社会体制を不安定にすることも是認できないからである。
知性と道徳とは対立するとか、知的で物事にとらわれない考えの持主は利己的になるとかの発言は、知性と道徳の両方を誤解している。真の知性は利己的態度を助長せず、本物の道徳は知性に損傷されないからである。真正の道徳と迷信的道徳とを絶望的なほど、誤解混同している。さもなければ知性の視野が狭いか、非利己的態度の意味を誤解している。この点で、科学は知性にゆるぎない安定性を与え、純粋の個人倫理より社会倫理を自然に容認するような非個人的な知的習慣を生み出す。歴史を顧みることは、無秩序な個人主義と生命力を欠く伝統主義に対しても、優れた解毒剤となる。行き過ぎた個人主義や懐疑主義から滅亡した社会の例は、ギリシアとルネサンスのイタリアである。この二つは滅びる前に、天才を爆発的に多く世に出し、後世の人類に恩恵を与えた。社会が滅亡するときは、一般に保守化と固定化と新奇を恐怖することが多く、変化を好むことによって滅亡するよりも、固定・老化型の例が多い。
天才は若い頃変人だった者が多く、これを許容しない社会には長い繁栄はない。これが分っていても、教育の現場で変人を暖かく扱うには困難がある。しかし例外的な功績を生むには例外的な人物が必要である反面、彼を扱う苦労もあるからである。(松下注:イラストの出典 Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1954.)