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バートランド・ラッセルのポータルサイト



R.カスリルズ、B.フェインベルグ(編),日高一輝(訳)
『拝啓バートランド・ラッセル様(市民との往復書簡集)

目 次

Tanyrallt のシェリーについて


 '・・・。あなたは、私のシェリーに関するいくつかの発見に興味を持たれるだろうと考えました。'

(ラッセルからの返事・1960年7月25日)

 拝啓 ダウリング 様

 ・・・。タニーラルト(Tanyrallt)のシェリー(P.B.Shelley,1792-1822: 英国のロマン派詩人)にたいする襲撃をご調査なさった資料をお送りいただき、誠にありがとうございます。
 私が青年時代にシェリーに興味をもつようになって以来、この物語はずっとわたしの好奇心をそそってきました。そして、タニーラルトの全景を眺めることのできるところに住んでいる現在、私の興味はさらに新たな刺激を受けています。(タニーラルトは、ウェールズ州ペンリンダイドレス(Penrhyndeudraeth)のプラスペンリン(Plas Penrhyn)にあるラッセルの山荘から入江を横切った対岸にある。/(写真:プラス・ペンリン山荘からポートマドック湾を望む(1972年撮影)/向かって左から、ラッセルの秘書であった C. Farley氏, (故)牧野教授、(故)ラッセル夫人(Edith Russell))
 あなたが(この物語を)復元してくださったことを、心の底から嬉しく思います。そうして、リーソン(Leeson/→松下注:Robert Lesson の間違い?)という男をさぐり出すことに成功したことをお祝い申し上げます。当時すでに、「ミューズの神(詩、音楽その他の学芸をつかさどる9人の女神の一人)よりも、もっと良質の酒を醸造する」貴族がいたということはわたしは知りませんでした。無神論の故にオックスフォード大学から追放され、自由恋愛を鼓吹したかどで上流社会からしめ出された若い熱心な社会主義者(=Shelley)を迎え入れることは、現在においてさえ、近隣の紳士階級(gentry: 貴族のすぐ下の地主階級)連中にとっては、少し困難が伴うだろうと思います。しかし、堕落した現代においては、紳士階級は昔のようではなくなっており、(美)徳は収入に比例するといったような信条はもはやはやらなくなってしまいました。
 わたしは、あなたのそのエッセイが出版されますようにと望んでいますし、もし出版されましたら、一部ご恵送くだされば幸いです。
 敬具  バートランド・ラッセル
追伸(キャッスルリー(Castlereagh)についてシェリーがいったことを思い出しながら)  

 私は、狂暴で残酷な悪漢に会った
 彼は私にはちょうどマクミラン(MacMillan)のようにみえた


 今日でさえこのような感情は、北ウェールズの紳士階級の連中には、おそらくは歓迎されないだろうと私は思います。

... Ever since, as an adolescent, I became interested in Shelley, this story has intrigued me, and now that I live in full view of Tanyrallt my interest has recieved a fresh stimulus. ...
(From: Dear Bertrand Russell; a selection of his correspondence with the general public, 1950 - 1968. Allen & Unwin, 1969.)