バートランド・ラッセル「マホメット(ムハンマド)の肖像画」
* 出典:バートランド・ラッセルラッセル(著)、日高一輝(訳)『拝啓バートランド・ラッセル様』より
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「・・・(あなたが書かれた)『西洋の知恵』(Wisdom of the West, 1959) の中にあるイスラム教の予言者マホメット(ムハンマド)の肖像画は,パキスタンで販売されている本からカット(除去)されています。・・・。マホメットの肖像画入りの本を出版することはイスラム教ではタブーとなっています。・・・聖なる予言者(マホメット)の肖像画が『西洋の知恵』という表題の本のなかに掲載されているとしたら、その本はいったいどこで出版されたものでしょうか。
あなたは本の中でマホメットがメッカからメジナへ移住したのを『逃走(脱出)』("Flight")という言葉で表現しています。(しかし原語の)「Hijrat」(migration)という語は、神の導きのもと、計画に従って友好的な土地への戦略的な撤退を意味するものでした。先生は、第二次世界大戦において、英国軍がダンケルクで(一目散に)逃げ出したことを(took to their heels)「逃走(脱出)」という言葉で表現することを好まないでしょう。イスラム教徒の世界(Muslim world)にとって宗教的神聖さを有している出来事に対して「逃走」という言葉を使うのはどうしてでしょうか?(どのような説明をされるでしょうか?) 先生、私は、あなたがイスラム教徒の世界に対して行った誤りをどのようにして償うことができるでしょうか?・・・」
(ラッセルからの返事・1963年9月16日付)
拝復 イルシャッド様
お手紙ありがとうございます。
1. 英国軍は、マホメッドがメッカからメジナへ逃げたのとまったく同じようにダンケルクから逃走しました。
2. マホメッドや他の誰かが「聖なる霊感」によって駆り立てられたとは,私は信じていません。
3. 逃走を「戦略的な撤退」などと言うのは馬鹿げています。
4. 予言者の肖像画などは学生や学者にとっての興味ある事柄として大いに見せるべきです。
5. 盲目的な愛国心は有害であり、それはまた、ユーモアや謙虚さの欠如を伴っています。・・・」
敬 具
バートランド・ラッセル
追伸 私は、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、仏教(等)あらゆる迷信に反対です。
Sept. 16, I963
Dear Mr Irshad,
Thank you for your letter.
1. The British armies did flee from Dunkirk just as Mohammed fled from Mecca to Medina.
2. I do not believe that Mohammed or anyone else was impelled by 'divine inspiration'.
3. To call Right 'strategic withdrawal' is ludicrous.
4. The picture of the prophet should be displayed as a matter of interest to students and scholars.
5. Chauvinism is harmful and also accompanies the absence of any humour or humility.
Yours sincerely
Bertrand Russell
P.S. I am opposed to all superstition.' Muslim, Christian, Jewish or Buddhist.
(From: Dear Bertrand Russell; a selection of his correspondence with the general public, 1950 - 1968. Allen & Unwin, 1969.)