バートランド・ラッセルのポータルサイト

「信仰の問題で苦しんでいます(自らを卑下する)」(『拝啓バートランド・ラッセル様』より)


 私をとても苦しめている問題でご支援をいただきたく、お手紙をさしあげます。・・・私は二十歳頃以降、キリスト教を信じていません(キリスト教の教義を受け入れていません)。・・・2週間前、私はある人から C. S. ルイス(1898-1963:小説家,キリスト教擁護者)という人の『キリスト教の精髄』(Mere Christianity)という本を借りました。・・・。ルイスは,永遠の生命を得るための唯一の道(方法)は、あなたの生命をキリストに捧げることであると言っています。そうしてこう言います。「盲目的に(何も考えずに)ただあなたの生命を投げ捨てなさい。あなたの個性の真の死がなければなりません。あなたが最も大事にしている野心の死が,最も大事にしている願望の死がなければなりません」と。それを読んで私は、もし私が自分の赤ん坊(注:最愛の者)を捨て、病んだ未開の原住民(sick natives)を看護しに行くといったようなことをしなければ、私は地獄に落ちるだろう,と感じるようになりました。・・・。私はひどく苦しみました。そうして,そのことについて語る(話しかける)相手はまったくいませんでした。私の夫はとても善い人です。けれども、人生における彼の主要な興味はフットボール(=英国のおけるサッカー)とテレビ視聴なのです。・・・」


(ラッセルからの返事・1958年4月26日付)

 拝復 奥様

 お手紙ありがとうございます。私はあなたのお手紙を大変興味深くまた多くの同情を感じながら読ませていただきました。私が思うに,あなたは C・S・ルイスから必要以上に感銘を多く受けすぎるのを許してしまっています(身を任せすぎています)。キリストに対する想像上の奉仕として自分の生命を盲目的に捨て去るという考えの全ては,マゾヒズムを美化し(glorifying masochism)、権力の前に自分を卑下する一形態です。それは、スターリンによって起訴された時に,罪の告白(懺悔)をしたロシア人たちと同形態のものです。またそれは、本質的にほ東洋的な態度であり、それをキリスト教が引き継いで、残酷な暴君の道徳的欠陥を神の属性としたのです(神に帰したのです)。
 あなたは、もし遠い国で一種目を見張るような自己犠牲を実行するために自分の子どもたちを捨てるとするならば,まったく悪い行為をしていることになるでしょう。そして、キリスト教の教義を信じる理由はまったくないこと,また,キリスト教倫理の多くは、自尊心のある人には価値のないものであること,を心に留めておくべきです。(bear in mind 心に留める)。こういったことが、私の最近の著書『なぜ私はキリスト教徒ではないか?』の中に長々と書かれているのが、読んでいただければ見つけられるでしょう。私は、あなたが慰められ、安心がもあらされることを望んできまう。そうして、あなたが少しでもその点で進んだかお知らせいただければ大変うれしく思います。
  敬 具
  バートランド・ラッセル


         Apr. 26, I958
Dear Madam,

Thank you for your letter which I have read with great interest and much sympathy. I think you have allowed yourself to be impressed more than is necessary by C. S. Lewis. The whole idea of throwing away your life blindly as an imagined service to Christ is a form of glorifying masochism and of self-abasement before power. It is the same pattern as that of the Russians who made confessions of guilt when prosecuted by Stalin. It is an essentially oriental attitude which Christianity took over when it attributed to God the moral defects of cruel despots.
You would be doing a completely wrong act if you abandoned your children in order to practise some spectacular self-sacrifice in a distant country. You should try to bear in mind that there is no reason to believe in Christian doctrines and that much of the Christian ethic is unworthy of self-respecting people. You will find this sort of thing said at greater length in my recent book Why I am Not a Christian. I have every wish to bring you comfort and reassurance, and I should be glad to know whether you make progress in this direction.
Yours sincerely
Bertrand Russell
(From: Dear Bertrand Russell; a selection of his correspondence with the general public, 1950 - 1968. Allen & Unwin, 1969.)