バートランド・ラッセル「最良の制度」
* 原著: Bertrand Russell: Political Ideals, chap. 1 & 8, 1917.
* 出典:牧野力(編)『
ラッセル思想辞典』より
人類の夢見る天国も、蓮の'うてな'
(美しい台)の極楽も、共に何の変化もない場所になっているのは、人類が今まで過労と苦悩の下に生きて来たことの悲しさを反映している。
疲労は(疲労がたまると)、幸福には休息だけが必要であるかのような錯覚を生み出す。しかし、しばらく休息をとり元気を取り戻すと、また新たな活動へと駆り立てられる。それゆえ、幸福な人生とは、活動的な人生でなければならない。そうして、もしそれが有益な人生でもあるべきとしたら、その活動は可能な限り創造的なものであるべきであり、ただ単に、略奪的であったり、防御的であったりしてはならない。しかし、創造的な活動には想像力と独創性が必要であり、それは現状打破の傾向がある。権力を現在保有する人々は、自分達の不当な特権が奪われるのではないかということで、現状を乱すことを恐れる。。
天国ではなく、
理想的な現実の政治制度を考える時、
'保障'と'自由'だけでは消極的条件にすぎず、積極的条件は、
創造的な精力や活動を助成することにある。保障だけでは、独りよがりの沈滞した社会を生み出すかも知れない。保障は
'創造性'を道連れにしなければならない。
人間の作る制度には、これが最後という'最終的な目標'など全くありえない。だから最良の制度とは、次の目標に前進することを一切邪魔せず、最も奨励する制度である。努力と変化がなければ、人間は幸福でいられない以上、望ましいのは、仕上げの完了した'理想郷'ではなくて、不幸や不正を改革するための想像力と希望とで生き生きと活動できる世界でなくてはならない。
人間の衝動や欲望は
創造衝動と
所有衝動とに大別され、前者は誰もまだ持っていない良いものを作り、それを自他共に持ち、共に楽しめる欲望を指し、後者は欲しいものを入手して保持したがる欲望を指す。自分がそれを入手、保持すれば、他人は入手・保持できない事態が生れるので、所有物をめぐって争奪と闘争とが起る。典型的な創造衝動の例は芸術家や科学者の仕事に見られ、典型的な所有衝動の例は財産の獲得に見られる。
最良の生活とは、その中で創造的諸衝動が最大の役割を演じ、所有的諸衝動が最小にしか働いていない生活である。最良の制度とは、その中でなるべく最大量の創造性を生み自他の共用並存を可能にし、最小量の所有衝動で(対立、奪取、闘争も起さず)幸せに生きられる保障をもつ制度を指す。
「何を食べ、何を飲み、何を着るかと思い煩うことなかれ」というキリストの言葉の価値は、創造衝動の意義を知っている者なら誰にでもわかる。(松下注:イラストの出典 Russell's
Good Citizen's Alphabet, 1954.)
It is a sad evidence of the weariness mankind has suffered from excessive toil that his heavens have usually been places where nothing ever happened or changed.
Fatigue produces the illusion that only rest is needed for happiness; but when men have rested for a time boredom drives them to renewed activity. For this reason, a happy life must be one in which there is activity. If it is also to be a useful life, the activity ought to be as far as possible creative, not merely predatory or defensive. But creative activity requires imagination and originality, which are apt to be subversive of the status quo. At present, those who have power dread a disturbance of the status quo, lest their unjust privileges should be taken away. In combination with the instinct for conventionality, which man shares with the other gregarious animals, those who profit by the existing order have established a system which punishes originality and starves imagination from the moment of first going to school down to the time of death and burial. The whole spirit in which education is conducted needs to be changed, in order that children may be encouraged to think and feel for themselves, not to acquiesce passively in the thoughts and feelings of others. ...