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バートランド・ラッセル「生後1年間の乳児」

* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典』所収
Source: On Education, 1926, part II, chap. 3: first year




 生れたばかりの赤子(baby:新生児)は何の習慣もなく'反射運動'と'本能'だけをもつ。生れた時、十分に発達した(母親の乳房の)吸引本能をもち、これが満たされる間、新しい環境と調和し、眠り続ける。生後二週間過ぎると、事情は一変する
 乳児は驚くべき早さで習慣を身につける。悪い習慣は成長してから良い習慣を妨げる。だから、最初身につけた良い習慣によって成長後の無数の困難が避けられる。この習慣には本能と同様、深い根本的な支配力がある。
 赤子の快楽は主として食物と暖かさとであり、苦痛と共に身体で感ずる。行動の種々の習慣は快と結びついている。泣くのは苦痛と結びつく、快を求める反射行為である。快を求めて泣くことを始めるのは、知性が最初に味わう勝利感の一つである。
 愛情豊かな母親はすぐれた耳で、この泣き声を区別する。赤子は驚くほど早く、この快楽をさらに求める。母親にとり必要な睡眠が、母親の対応の仕方いかんでは妨げられる。今日、教育のある母親は皆、泣き出すごとにではなく、赤子の消化力に従って規則的な間隔で授乳をしている。また、この泣き声への対応には、親子の幸福を直結する道徳教育的見地から見た望ましさがある。
 赤子は、泣きわめくことで、自分に好ましい結果となることを知り、好んで泣きわめくものである。だから、正しい対応姿勢をとらないと、成長して不平をならべるか、どん欲かになりやすい。必ずこの赤子の時期からわが子に必要な道徳的訓練を開始すべきだ。
 赤子を扱うには、かまってやるのとかまってやらないのとの微妙な均衡を保つ必要がある。健康に必要だから、抱き上げ、常に乾いたおしめをあてて、暖かにしてやり、十分授乳しなければならない。正当な理由がなければ、泣くままにしておくことも必要である。行き過ぎた愛情が一人の暴君を生みやすい。健康上の不断の注意と共にデリケートな'中庸'とが必要である。赤子に余りに献身的な愛情を抱く親は、しばしば賢明さを欠く。赤子は長じて自己中心的になり、甘やかされて形成された習慣から思い通りにならない世の中に対する大きな失望感が生れ、不幸になる。社会は親ほどに彼を甘やかさない。自分では何も出来ない'寄生的人間'なくせに、快と苦との識別に盲目となる。ここに乳児と親との重大なスタートがある。
(写真:ラッセル一家:ラッセル、妻ドーラ、長男ジョン、長女ケイト)

The difficulty in the education of young infants is largely the delicate balance required in the parent. Constant watchfulness and much labour are needed to avoid injury to health ; these qualities will hardly exist in the necessary degree except where there is strong parental affection. But where this exists, it is very likely not to be wise. To the devoted parent, the child is immensely important. Unless care is taken, the child feels this, and judges himself as important as his parents feel him. In later life, his social environment will not regard him so fondly, and habits which assume that he is the centre of other people's universe will lead to disappointment. It is therefore necessary, not only in the first year, but afterwards also, that the parents should be breezy, and cheerful and rather matter-of-fact where the child's possible ailments are concerned. In old days infants were at once restricted and coddled ; their limbs were not free, they were too warmly dressed, they were hampered in their spontaneous activities, but they were petted, sung to, rocked, and dandled. This was ideally wrong, since it turned them into helpless pampered parasites.