バートランド・ラッセルの言葉-正・反・合
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[兼高かおる名言]
・「学んで、尽して、あとは自由に(人生三分割)」
★ラッセル『教育論-特に幼年期の-』より
・人間の中で一番良いタイプをつくりだすために必要なものは、幼年期における幸福である。
・多かれ少なかれ、単調な生活に耐えうる能力は幼年時代に身につけるべきものである。
★ラッセル『結婚と性道徳』より
・"自制の効用"は、列車におけるブレーキの効用に似ている。間違った方向に進んでいると気づいた時には役に立つが、方向が正しい時は、害になるばかりである。
★ラッセル『社会改造の諸原理』より
・"盲目的な衝動"は、戦争の源泉であるが、またそれは、科学や芸術、恋愛といったものの源泉でもある。望ましいのは衝動を弱めることではなく、衝動の方向が死と衰退へ向かうよりは、生命力と成長の方向に向かうことである。
★ラッセル『幸福論』より
・"過剰に興奮に満ちた生活"は、心身を消耗させる生活であり、そこでは、快楽の必須の部分と考えられるようになったスリルを得るために、絶えずより強い刺激が必要となる。過度の興奮に慣れた人は、胡椒(コショウ)を病的にほしがる人に似ており、そのような人は、ついには、ほかの人なら誰でも窒息しそうなほど多量の胡椒でさえ味がわからなくなる。
『他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣である。
★ラッセル『私の信条』より
・Happiness is nonetheless true happiness because it must come to end, nor do thought and love lose their value because they are not everlasting.
★ラッセル『(小説)郊外の悪魔』より
・何も懺悔する必要のない99人の正しい人間の方が天国では、神のふところに帰った1人の罪人よりも、喜びを得ることが少ないという寓話を、よくよく考えたことがおありかな、フッフッフッ・・・
★ラッセル『懐疑論』より
・残酷さと搾取によって財産を獲得した人は、たとえ規則的に教会に行き、不正に獲得した収入の一部を公共事業に寄付したとしても、"不道徳な人間"と見なされなくてはならない。
★ヴェトナム戦争犯罪法廷メンバー第1回集会(1966.11.13)でのラッセル(94歳)のスピーチより
・我々は、無関心な人間のみが公平な人間であるという考えを拒否しなければなりません。我々は偏見のない広い心と空っぽな心とを混同するような、人間の知性についての堕落した考え方は拒絶しなければなりません。
「良心に基づいて残酷な刑罰を与えることはモラリストにとっての喜びだ――ゆえに地獄という概念が発明された」
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