バートランド・ラッセル「歴史が与える慰め」(1933.02.22)(松下彰良 訳)* 原著:The consolations of history, by Bertrand Russell* Source: Mortals and Others, v.1, 1975. |
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* 改訳しました。(2011.2.11) 長生きする人が増えてきたとはいえ,平均寿命は2倍,3倍というようには延びません。臓器をいれかえたり,冷凍して仮死(冬眠)状態にして100年後に蘇生させることができたとしても200年生きたことにはなりません。従って,人は,どうしても自分が生きている時代を,他の時代とは違った「特別な時代」だと考えたくなり,そのようにとらえがちです。「行動する知識人」であったサルトルは,我々が生きている時代はどのような時代であれ,"我々の時代" であるから,真摯にたち向かうべきであるとアピールしましたが,そうあるべきであるとともに,過去の歴史(の教訓)についていろいろ学び,できるだけ自分の時代を客観的(これは哲学的な意味ではありません。)にとらえることも,同様に重要なことだと思われます。 六世紀に生きたボエティウス(Boethius, 480-524?: イタリアの哲学者,政治家)以来,哲学が与える慰めについて語るのが通例であったが,私自身は,哲学よりももっと多くの慰めを歴史研究から得ている。子供は自分が不幸な間は,彼の視界全体が現在の悲惨事で一杯になり,自分の過去と未来の人生は霧にかすんでしまう。(しかし)我々は,成人するにつれて,(たとえば)歯が痛くなってもそれは永久に続かないという経験を思い出すことができるようになる。我々は,自分の過去の経験から引き出すこの種の慰めと同種のものを,もっと大規模に人類の過去の歴史から引き出すことができる。今日の世界の状態はかなり悪いため,歴史の知識のない人間は,過去にこれほど酷い状態にあった時代はなかっただろう思いがちである。このような見方は,容易に,我々を絶望と無感動に導く。 けれども現実には,世界はしばしば現在よりももっと悪い状態にあった。たとえば,1819年における平均的ヨーロッパ人は,現代の平均的ヨーロッパ人よりもかなり確実に不幸であった。実際に,飢餓も,上流階級(上流社会)の悪と腐敗も,また一方の側での「抑圧への恐怖」と他方の側での「革命の恐怖」も,これらはすべて,現在よりもずっとひどかった。幼い子供は工場で毎日15時間労働し,農業労働者の賃金は週に約2ドルだった。 シェリーは,彼の時代の政治家たちを次のように詩で表現している。 支配者たちは,見も,感じも,知りもしない だが,弱りつつある祖国に 蛭(ヒル)のごとく吸い付いているが ついには吸った血が目に入って盲目になり, たたき落とさなくても,落ちこぼれる (注:ソネット「1819年のイングランド」) 現代の我々も,現在の政治家を高く評価することはまったくないだろうが,大部分の人は,シュリーのこの言葉ほど政治家を残酷に描くことはほとんどないだろう。同じ詩で,彼はジョージ三世を「老いぼれで,気が狂い,盲目で,軽蔑すべき,瀕死状態の国王」として描いている。シェリーの絶望は,この時代のすべての思いやりのある精神の持主の絶望(と同じもの)であった。フランス革命によって呼び覚まされた希望は死に絶え,疲弊による活気のない平和状態で,'反動的な東方の強国'は改革への一切の試みを弾圧した。にもかかわらず,その三十年前に,世界は屈託のない楽天主義と前例のない繁栄の時代に入っていた。 他の動物にとってと同様,人類にとって困難な主要課題は,新しい環境への適応である。人類(出現)以前の時代の巨大な'爬虫類'は,ほとんど無敵と思われたが,気候の変動のために絶滅した。無数の種類の動物が,あまりに多くの角をはやすなど,攻撃用武器を異常に発達させた結果,日常生活のための活動力が減少し,絶滅した。けれども,人類は,氷河時代,戦争,疫病及び彼らの生存を脅かすその他様々な危機を乗り越え,これまで生き残ってきた。いずれの変化も,我々が'実際家'と呼んでいる人々,即ち,盲目的に先祖の有り難い知恵に従う人々によって常に反対されてきたので,不必要なまでに非常に緩慢であった。そのような連中は今でも我が国の政治を支配しており,新たな産業主義の環境への我々の適応を必要以上に遅くしている。しかし長い目で見れば,我々は,急速に変化する世界において,知恵は伝統の固執のなかにはありえないことを,皆理解するであろう。我々人類の経済生活を,激情でなく'知性によって管理することにするやいなや,我々人類は皆豊かになるはずである。ほとんどの人は自分の'知性'よりも'激情'に従う方が楽だと考える。しかし,もしもその罰としての結果が'飢餓'であれば,我々(彼らも)もやがては合理的であることを受け入れるであろう。普遍的繁栄の条件は極めて単純で周知のことであるが,それには我々のものの感じ方の習慣の変更が必要である。それゆえ,世界大恐慌の教訓が人間の心の奥底に深く沈殿した時(現在)にのみ,採用されることだろう。 |
In actual fact, however, the world has often been in a worse state than it is now. The average European, say in the year 1819, was pretty certainly more unhappy than he is now. There was more actual hunger, there was more wickedness in high places, there was more fear of oppression on the one hand and of revolution on the other; young children worked for fifteen hours a day in factories, and the wages of agricultural labourer were about two dollars a week. Shelley describes the politicians of his time as ... Rulers who neither see, nor feel, nor know, But leech-like to the their fainting country cling, Till they drop, blind in blood, without a blow ... We may not have any very high opinion of our present politicians, but most of us would hardly describe them quite so savagely as this. In the same poem he describes George III as 'an old, mad, blind, despised, and dying king'. Shelley's despair was that of all generous minds. The hopes aroused by the French Revolution were dead, and in a dull peace of exhaustion the reactionary Eastern Powers repressed all attempts at improvement. Nevertheless within thirty years the world had entered upon a period of buoyant optimism and unexampled prosperity. The chief difficulty for men, as for other animals, is adaptation to new circumstances. The great reptiles of the days before men, who might have seemed invincible, perished from a change of climate. Innumerable kinds of animals have become extinct through specialising on weapons of offence, such as too many horns, which left them inadequate energy for ordinary living. Man, however, has survived the Ice Age, wars, pestilences, and all the other dangers which have threatened his existence. Each change has been met by an adaptation much slower than it need have been, since it was always opposed by what we call practical men, i.e., those who blindly followed the revered wisdom of their ancestors. Such men still control our politics and make our adaptation to the altered circumstances of industrialism much slower than it need be. But in the long run everybody will see that in a rapidly changing world wisdom cannot consist in mere adherence to tradition. As soon as we allow intelligence instead of passion to guide our economic life, we shall all grow rich. Most people find it pleasanter to follow their passions rather than their intelligence, but when the penalty is starvation, they will, in the long run, submit to being reasonable. The conditions of universal prosperity are quite simple and well known, but they involve changes in our habits of feeling, and will, therefore, only be adopted when the lessons of the Depression have sunk deep into men's minds. |