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![]() ラッセル協会会報_第23号 |
The character of a democracy is very largely determined by the forces which it regards as its enemies. American democracy at first was directed mainly against England. French democracy was directed in 1789 mainly against the large land-owners. English democracy in first half of the nineteenth century was engaged in acquiring power for the middle-class, but, after that, was seeking power for wage-earners and was regarding large employers as the enemy.*1民主主義は,元来西欧的伝統の中で育ってきたし,人間社会が移り変る過程で,変質あるいは拡充をしてきた。従って,上述四種の呼称についても,西欧的民主主義は原型を知る上でも無視できない。人民民主主義はマルクス主義につながり,新しい価値観世界観に立脚していても,西欧民主主義の拡充されたものである。指導的民主主義は後進性の強い大衆に対し封建性打破と民主的改革を統一的に指導して,その効率を高めるようとする一種の工夫であろう。しかし,日本的民主主義とは何であろう。
Holders of power, always and everywhere, are indifferent to the good or evil of those who have no power, except in so far as they are restrained by fear.*3西欧では権力者が大衆に無関心であるという上文の表現が,われわれ日本人には違和感を与える程,日本人の精神的風土は,温和な自然風土の性格に相似している。佐倉義民伝は日本的性格を示唆している。
Anyone who will take the trouble to survey the important wars that have occurred during the last two hundred and fifty years will find that in every case, they have been won by the side which made the nearer approach to democracy. *4戦争が自已に直結しているという連帯感よりも召集令状的実感としてせまってくるところに,また,軍閥批判が代議土議席離脱につながった斎藤隆夫事件の示す点に,敗戦の必然性が内在していた。真相は人民の前に示されなければならなかった。
It is an essential element in democracy that any member of the public should be able, without too much trouble, to find out the truth when there is a dispute as to facts. *5占領軍であった米国は,人間対人間の自主的意識に立脚したクロムエル軍隊の中の水平派(Leve11ers)の系統の人々によって育成された民主国であった。荒野の開祐は民主主義によってはじめて成功した。
Democratic theory, in the modern sense, was not invented by Rousseau but by the progsessive element in Cromwell's army. These men failed at home, but carried their doctrines across the Atlantic where, after a period of incubation, they at last gave birth to American democracy. *6どの民族も,その国策のたどった道が成功を物語るものであれば,自信と誇りをもって,他国にすすめたくなるものである。日本のアジアにおける歩みもまたその例外ではない。米国の対外政策もまた例外でなかった。占領軍は西欧的民主主義を移植し,進歩派は平和憲法を置いて行った。西欧的な個の意識に根ざす精神的基盤のない国民,上から与えられる温情的主従関係に慣れ切った国民には,米国の真意も善意もわかり難く,またその反面,その民主主義輸出の裏にある論理関係も亦見透せる筈がなかった。*7 資本主義の反極である共産主義的視点からのみ発想する傾向が強調され,米国の対外政策の民族的背景としての必然性は忘却され勝ちである。この必然的な背景は百年前は人類に希望を与える革命的な前向きの意味をもち,現代ではヴェトナムにおける反動性を露出している。
Democracy, both the word and the thing, was invented by the Greeks. So far as is known, nobody conceived of it before their time. There had been monarchies, theocracies and aristocracies, but nobody had imagined a system in which all the citizens should have a voice in government.*8ギリシア国民の着眼工夫の心底には,前提として,人間対人間という関係における主体性・自他意識・自己主張のための知慧と工夫とが存在していた筈である。その強弱が民主主義の在り方にも影響した。民主主義の凋落には都市国家の膨張と発展が一つの素因となっていたが,野心家の裏切りは見落せない。貴族や金権政治家に挑戦する人民闘士が先ず己を人民代表の闘士として売り出した。充分人気や支持を得て地歩を確立するや,これら闘士は用心棒と結託し,人民を疎外し,潜主となり,暴君に変り,民主主義は崩れ出した。ギリシア国民はこの種の事態に対処する方式を案出できず,ローマ時代に及んで遂に民主主義は衰えるに至った。(直接民主主義が野心家に裏切られて亡びる経緯には,間接民主主義である代議制が政党政治の在り方によってその効用と価値とを軽視され,不信を招く経緯に似ている。)
The first and strongest argument for democracy is human se1fishness(9)この人間の利已心,白已中心性は,個体としての人間が必然的に生命体の拡充を欲する姿である。ここに,民主主義を否定することが一種の自已矛盾となりうる理由がある。これは,「人類の歩みが民主化の歴史である。」という表現を可能とする一つの根拠であろう。そして,その人問が個体としてもつ諸機能とそれらの論理,杜会的生存を余儀なくされている人間存在が他と相関的に関係する論理というものなどが,民主主義の性格を規定していく。民主主義は対話と処遇との一方式であるがいろいろの素因の函数的関係を内包している。それを,長所・短所,利点,適用隈界,育成要素と阻害要素という項目でまとめてみる。
A.民主主義の本質的なもの以上のラッセルの記述から次の関係がよみとれよう。
(1)寛容:民主主義の成功に絶対必須である。*10
(2)遵法:法律尊重なき所に民主主義の成功なし。*11
(3)真相:公開誰も問題の真相にたやすくふれられない国は民主国に非ず。*12
B.民主主義の長所
(1)残虐防止:民主主義の第一かつ最大の長所は残虐防止を保証し易い。*13
(2)権力分散による参政:代議制により権力悪に対抗しうる道をひらく。*14
(3)対立解消:民主主義第二の長所として対立解消に役立つ話合いの場をつくる。*15
(4)戦力増大:納得づく参戦と政府批判とを保証する故,結局,戦力増大となる。*16
C.民主主義の利点
(1)厭戦的:古今東西,庶民男女は厭戦的で・上流階級に煽動、利用される。*17
(2)政府批判:政党政治や野党の与党批判などは,自由と進歩とを保証する。*18
D.民主主義を阻害する要素
(1)狂信:民主主義を窒息させ,民主政治と共立しないもの。*19
(2)国家主義:民主主義を根断させる危険をもち,平和より戦勝へと国民を駆り立てる。*20,*21
(3)相互不信:共通の基盤をもちえず,対決・実力行使・暴力行使に走らせる。*22,*23
(4)代議士の腐敗:国民の参政・間接民主主義の実効を消去する。*24
(5)権力の集中的掌握:権力悪を生む。権力者は人民に無縁となる。*25
(6)政府への無批判:独裁化から権力悪を生む原因を作る。精神的自由も失われる。*26,27
(7)警察のあり方:法律実施・違反監視をしてくれると期待されているだけに,誰のために奉仕するかによっては加害者にかわる。権力行使者であるだけに徴妙な存在。*28
(8)軍隊のあり方:内乱,クーデターの実例をみればわかる。*29
E.民主主義の適用限界
(1)互譲的精神的基盤のない国:'妥協'(Compromise)を原則の放棄と感づる国民には話合いは出来ない。自他に共通する基盤を発見できない者に寛容も生れず,互譲による対立解消も生れない。*30
(2)文化的後進国:自他の意識の確立,対話形式への訓練,明知,経済的余裕などのない未開発後進性のある国には輸入しても実効はうすい。*31
人間の果しない欲望のうちで一番目立つものは,'権力'と'栄光'に対する欲望である。・・・。
エネルギーが物理学の根本概念であるのと同じ意味で,社会科学の根本概念が権力(Power)にある。エネルギーと同じように,権力にもいろいろな形がある。一つ一の形の権力だけを孤立させて扱うのは,部局的で,エネルギーを調べる場合と同様,何処かに欠けるところがある。社会の力学の法則は,権力という点からみて,はじめて陳述しうる法則であって,決して,特定なあの形の権力とか,この形の権力とかによって述べうるものではない。・・・。
権力愛は人間の動機のうちで最も強いものの一つだが,その分布状態は実にまちまちである。・・・。
権力愛は臆病な人々のあいだでは全く姿を変えて,指導者に盲従する衝動という形をとることがある。・・・。
組織というもののために必然的に生じてくる'権力の不平等',しかも社会が有機的になるに従って,減るどころかますます増えてゆく傾きがある'権力の不平等'にわれわれは堪えてゆく半面をもつ。〔独裁の条件はここにもある。〕・・・。
独裁制は支配と屈従の本能的機構のあるところに一番生れやすい。平等な立場で人々が協力しようとすることは,独裁制よりはるかにむづかしく,まして本能と一致するものではない。・・・。
〔民主主義は本能的であるより知性的努力の反映である。〕
独裁制を支える臆病な者たちには,組織内にある安心感,集団的興奮,甘美な酔心地を味い,それはやがて穏健らしさ,人間らしさ自己保存の念も忘れ,殺戮や殉教にも走る。そして,ますます強い刺激を求め,度を増してゆく。・・・。
権力の座にひとたびついた者は誰もその権力の保持に汲々とし,その中央集権を強化して自分たちの私利を計る機会が増加するのを着実に実行する側近者群が生れ,崩壊に至るまで続く。・・・。
これに対し,民主主義が安定をえるのは,民主主義が永いこと続いて伝統的なものとなった場合に限る。・・・。
「悪政は虎よりも猛なり」と礼記にあるが,権力を手なづげる問題は古来からの問題である。道教は之を解決不能として無政府主義を,儒者は権力保持者の聖人化を,プラトンは智者賢人に仕込むよう,唱道した。しかし今もってこの問題は解決されていない。・・・。
民主主義は完全な解決とはならぬまでも,問題解決の欠くべからざる部分である。完全な解決は,政治的な条件だけに限ったのでは見出せない。基本的に四つの条件を考慮する必要がある。
(イ)政治的条件,(ロ)経済的条件,(ハ)宣伝条件,(ニ)心理的・教育的条件の具備、が必要である。
(イ)政治的条件
◎多数者による支配,'権力分散'だけが不偏不党の保障となる。(→主権在民)
◎少数派を保護することと秩序ある政治とは両立しうる本質的一部である。
(→少数派虐待は革命勢力の育成となる。)
◎法律は,技術的能率を低め、秩序を破らぬ範囲で寛容を立前とすることが遵法の要素である。
◎社会的に全体の参加討議すべき事項と個人の自由裁量に放置すべき事項とを区別する必要あり。(→個人的自由・創意への干渉,大衆的討議に何でもかけて画一主義と独裁を強化させぬこと。)
◎大集団内の政治的無関心の増大は,選挙方式を労働組合方式にならう方が関心や意識を高めうる。
(ロ)経済的条件
近代的技術の結果,組織体が成育し合体しその範囲を増大するにつれ,経済的権力の政治的権力との融合度は濃くなる。その必然の結果,政治的国家が経済的機能まで引き継ぎ,国家が覇権を握るか,民間企業がすなわち真の国家になる。土地と資本の国有だけでは不充分で,所有権と実権とを識別考慮する必要あり。官僚階級が一切を掌握する場合,これに対応するには,宣伝の自由を許す慎重な用意をもった民主政治が必要となる。
(ハ)宣伝的条件
民主国の政党政治は権力者や有力者を批判する機会を与えているが,官僚的国家主義国・独裁政治国ではこの機会を与えにくい。官僚が経済的権力を独占した場合,資本主義のもとにおけるより以上に宣伝的条件が重要なものとなる。・・・。
(ニ)心理的・教育的条件
民主主義の成功と永続とには,寛容な精神を必要とし,集団的熱狂憎悪育成・暴力愛好・英雄崇拝などを抑止することが,権力抑制上必要である。民衆がこのような情感に負けないようにするためには,教育に期待するところが大きい。・・・。
民主主義が成功するには,一見相反する方向に傾くような二つの性質の広く行われる必要がある。
憎悪感・破壌的な気持・恐怖心・卑屈さ・完全な服従の強要・自已犠牲・英雄的献身・愛国心・階級闘争心・狂信的理想主義,などを監視する必要がある。科学的精神・理性的懐疑主義・精神的自主性を尊重する教育,雄弁に対する免疫性を与える教育,軽信性と猜疑性とを改める教育,個人の傲値を尊重する教育が特に必要である。