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ラッセル関係書籍の検索 ラッセルと20世紀の名文に学ぶ-英文味読の真相39 [佐藤ヒロシ]

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バートランド・ラッセル生誕96年記念講演会 - 堀秀彦「ラッセルから教えられたこと」

* 出典:『日本バートランド・ラッセル協会会報』第11号(1968年10月)pp.3-4.
* ラッセル生誕96年記念講演会は、1968年5月18日、朝日新聞社講堂で開催された。堀秀彦氏(1903~1987)は当時、東洋大学教授
・ 映画化された堀秀彦氏の著書:「女性についての103章より」(松竹映画)
記念講演(録音:約59分)


 ラッセルの思想でわからないこともある。数理哲学は歯がたたない。ほんの一部しかわかったに過ぎないのかも知れない。『幸福論』(The Conquest of Happiness, 1930)、『教育論』(On Education, 1926)、『科学の与えた衝撃』(The Impact of Science on Society, 1952)などを訳して、よく売れた。そのお礼をするべきだという気持でこの講演会に出て来た。

 実は、私はこういう晴がましい会で喋りたくない。その私に勇気を与えてくれたのはラッセルその人である。ラッセルは、私の理解した限りで、'生き方の知慧' を私に与えてくれた。『幸福論』にこんな話がある。
 ラッセルが明日の講演のことを考えると、心配で恐しく感じた。足の一本も折れてくれれば、断る口実ができる、と考えた。聴衆が彼をこわがらせるのだ。しかし、彼は思い直した。「下手に話しても、上手にやっても、宇宙には何の関係もない。」こう思うと、彼は救われた。私も、そう考えて、気楽に喋れるようになった。これは、つまり、自分を引離して物事を考えるという意味を教えている。

ラッセル協会会報_第11号
 ラッセルの本で感ずることは、比喩や引例のうまさ、分析の的確さである。『幸福論』の中で、嫉妬心とは、「自分の持っているものから、楽しみを取り出すかわりに、他人の持っているものから、苦しみをとり出すもの」で、「他人の幸福を羨む心ではなくて、他人を引きおろしたい気持」だと言っている。
 また、1954年の 'Human Society in Ethics and Politics' の中で、「世間では私を合理主義者とみなすが、人間生活は不合理なものに支配されていて、それを示すのが本書の意図だ」として、モンテ・クリスト伯の話をする。同書の「人間とは何か」の中で、人間を孤立的な面と社会生活的な面を共有する、semi-solitary; semi-social な存在としている。
 一辺倒にならず、柔軟な物の観方をすることの必要を、私は教えられた。分析の達人であるラッセルは、その分析力のすばらしさを通して人生を吾々に見せてくれている。例えば、「退屈」を'人生の病気'とみなし、'反対を考える力'を説いている。
 愛情の反対は何か? 「にくしみだ」と答えるかも知れない。しかし、にくしみは愛情の一部である。愛情の反対は無関心である、と彼は説明する。では、退屈の反対は何か? それは、快楽を求めることではなく、スリル(thrill)のあることである。そして、彼は、退屈を逃れるのにはどうすればよいか、の質問に、「退屈に耐える能力を養うことで(であり)、活力(vitality)の衰えは退屈を招く。この能力は教育によって養成される。」と答えている。想像力を働かせて行くのも一つであるが、退屈は必要で、退屈によりすばらしいものを発見することできる、と言う。

 実践的な知慧を私はラッセルから学んだ。
 之をまとめてみる。

イ) 宇宙を考えること
 自分をつき離して、冷静に考えること、極端に言えば、女房の浮気にも、宇宙の星の運行を考えていることができれば、救われるのではないだろうか。「他人は、自分が自分のことを考える程、熱心に考えてはくれない」ぞと警告している。
ロ) 自分の精神を訓練すること
 an orderly mind と呼び、失恋や悲しみ、苦しみを、計画的に、集中的に悩み考えよ、と説く。だらだらと悩むのをやめて、'歎きの日'を設けるとよい。'当然考えるべき時に考える習慣'を作り、日常生活を理性的に支配するやり方を教える。

 『幸福論』の中で、幸福になる条件4つをあげている。これは不幸にならないための4条件でもある。(これは、理想的な性格の基礎をなす4つの特質であり、ラッセルの『教育論』に出てくるものである。堀秀彦氏は、『幸福論』と『教育論』の両方を訳されているので、こんがらがってしまったようである。)

1) 生活力に溢れること
 好奇心に溢れること。好奇心とは、自分の外への尽きざる心の働きである。好奇心を働かせるが、直ぐ判るのをよしとしない。人生には早わかりしてよい事柄といけないこととある。
2) 感受性を養うこと
 小さい悲しみは小さく悲しみ、不必要に悲しまないことで、鈍感と敏感とをわきまえる心を感受性と言う。
3) 勇気をもって生きること
 心配と悩みは恐怖から生れる。恐怖心を考え方で克服すればよい。勇気とは恐怖に立ち向う心で、不合理な恐怖を払い除くことも勇気である。
4) 知性、分別を身につけること
 知性は感情の防波堤である。知性は物事を仕分けして、混同しない考え方である。

 右の4つをまとめると懐疑的な素質で、これがあれば、幸福になれずとも不幸にはならないとラッセルは説く。ラッセルは、二元論的で、一刀両断的割り切り方、狂信的態度を憎む。知性はいくらか懐疑的である。宗教批判もここから出てくる。人生においてもマル・バツ式判定はよくない。あれもよい、これもよい、よく考えてみよう、という態度がよい。今夜のこの講演会は、正にそうで、決して、宗教の信仰告白会の集りではない。だから、ラッセル協会の講演会に来られるのは結構なのである。
 人生は解決できないで死んでもよい。わからないことがわからないままで死んでもよい、とラッセルは教えてくれた。(文責在編集部)