ラッセルのいう「科学的なものの考えかた」とは,大づかみにいえば,ゆるやかな経験主義と穏健な懐疑主義とのむすびついたもの,と考えてよいであろう。「ゆるやかな」といったのは,ラッセルの経験主義が -あらゆる認識の源泉と根拠とを経験に求める極端なエンピリシズムと異なって- 論理的・数学的認識の特殊性への配慮をふくみ,また,認識における直観の大きな意義をも十分に認める立場だからである。そして,「穏健な」という形容詞をつけたのは,彼の懐疑が -あらゆるものを疑って,結局合理的思考への不信と行動の麻痺とにみちびくラディカルなスケプティシズムとちがって- 人間の理性への基本的な信頼を足下に踏まえながら,われわれの現実の判断がつねに誤謬の危険をはらんでいることへの警戒心を怠らない姿勢だからである。ラッセルの最も嫌うのは確信過剰(cocksureness)であり,かれによれば,「科学は,経験的・試行的・非独断的なものであり,確乎不動の教義はすべて非科学的である。」
このように解された「科学的なものの考えかた」といわゆる「科学万能主義」とは決して同じものではない。「科学万能主義者」は,科学の進歩によってすべての問題が解決すると説く確信過剰型の論者であって,そして,まさにその過剰な確信のゆえに,ラッセルの基準によればあまり「科学的」でない,と見なすべき人物なのである。この意味での「科学万能主義」の大きな特徴のひとつは,宗教,道徳,政治などの面でのさまざまな価値判断の「真偽」が科学的方法によって「証明」されうるという考えかた,すなわち,いわゆる「自然主義的一元論」,である。この考えかたの歴史上の一例として,人類をふくめた全生物界の進化という事実から自由主義経済体制の正しさを「科学的に証明」してみせた,19世紀のソーシャル・ダーウィニズムをあげることができよう。自然主義的一元論に従えば,科学の進歩は「科学的な倫理学」を与えてくれるはずであり,換言すれば,人間を倫理的な価値判断に対する責任から解放してくれるはずである。
このようなことがもし本当に可能ならば,まことに耳よりな,うまい話であるが,残念なことには,ほかならぬ「科学的なものの考えかた」が,いわゆる「科学的倫理学」の原理上の不可能性を示している,というのがラッセルの立場である,といってよいであろう。(1954年に出た「倫理と政治における人間社会」(Human Society in Ethics and Politics)において,彼がこの立場を変えたという説もあるが,私はそう思わない。) 科学というものは,ある目的が設定されたときに,その実現のためにどの手段が最適であるかを示すことはできるが,目的そのものの正しさを証明することはできない,ということは,今世紀のはじめごろドイツの社会科学者マックス・ヴェーバーが力説したところであるが,ラッセルも同趣旨のことをきわめて卑近な設例で説明している。ラッセルによれば,科学はいわば汽車の時刻表のようなものであり,病気の叔母さんを見舞に行く親切な甥にとっても,また遺産めあてに叔母さんを毒殺しに行く無頼漢にとっても,ひとしく有用である。どの目的をもって正しいとするかは,科学だけではきめられず,究極のところでは,やはり人間の主体的価値判断にまたざるをえない,というのがラッセルの見解だといってよいであろう。こう考えると,科学の進歩は,人間の道徳的責任を軽減してくれるどころか,原子力のような和戦両様に使える双刃の利器の開発によって,むしろ,われわれの責任を史上かつて例のないほどきびしいものにまで高めている,と見なければならない。
科学および科学技術のおどろくべき発展は,知識人のあいだに,科学の役わりについて,二つの相反するしかしひとしく誤った見解を生んだ。ひとつは,「科学は事物の皮相面をなでまわすだけで,決してその本質には辿りえない」として形而上学の秘教的な隠語(jargon)の霧の中に身をかくす反科学主義者の見解であり,もうひとつは,ここで論じた「科学万能主義」である。この双方の危険を早くから鋭く洞察した警世家としてのラッセルの功績を憶うことは,20世紀もすでに後半に入った現代に住むわれわれにとって決して無意義ではないであろう。