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安福一郎「ラッセル卿敬慕-ラッセル卿と自分

* 出典:『日本バートランド・ラッセル協会会報』第16号(1970年8月)pp.4-5
* 安福一郎は、当時、東京女子経済専門学校(現・東京文化短期大学、詩人金子みすずの母校) 教授、哲学者。


ラッセル協会会報_第16号
 ラッセル卿がまだまだご存命を、とよき(予期?)していた自分に、ご昇天の訃報に接し「さては」とおどろいたのは、だれもの気持であろう。高齢にはちがいないが、この方ひとりを喪ったことは、百万のいのちを失った以上の気がする。世紀を通して代えがたい人だけに……。
 私もまたラッセル卿を敬慕する者のひとり。その偉大な哲学業績と平和への現実実践のためだけではなく、私が在京遊学中、哲学へのしげきをあたえていただいた生きた偉人としてだ! と言っても単身、ラッセル卿に会えたわけでもなく、その洋書を手持ち書庫にかざっただけではあるが、かの『哲学の諸問題』(The Problems of Philosophy, 1912)を手にしたとき、初めてこの種洋書を得た気がし、神秘主義に凝りがちな自分の頭を程よく叩きつけた気もし、知識の問題にみちびいていただいた利得を、ありがたく感ずるからだ。
 それが小著といっても、だれかが言ったように、さほど容易に解りきる書ではなかった。ところで現代は、神支配の時期をはなれて、公正なる自然が持ち出され、認識され、これを取りあつかう科学時代に入っている。つまり言う知識の時代なるものに入っている。その正当な知識の、如何なるものかを明らかにし、これを掴まねばならない時代、言いかえれば形而上学に先立つ認識ということが先条件、肝心なのであり、公正な自然をとりあつかう科学知識のいかなるものかを判定しなければならないのである。『哲学の諸問題』は、こうした所に関心が置かれているだけか、われわれが普通に知識と思っているものが、実は単なる意見 Opinion であり、感情的な内容や虚構、或る観念 Idea の持ちよりであったりして、独善・独断的なものに成りおわっている場合が多いだけか、カント以前に遡る人たちの意見がそれでさえある。ラッセルは、この書の筆頭に「凡そ思慮分別ある人間が疑うことのできないほどに確実な知識というものが、世に有るだろうか?」と書き込んで、この問題は、見たところやさしいようでその実、最も困難なものの一つだ、と言い切る。
 いかにも人びとは、正確な知識のいかなるものかを明らかにし、これを解明する課題を、常に持たされているのであるが、これに対して直ぐさま結論・定義を固定さすことが目的ではない、とラッセルは暗示する。なぜなら宇宙なるものは絶えず変転していくからだ。ニュートン的宇宙は、アインシュタインの相対性的宇宙に置換えられたのも、それ。ラッセルは、宇宙に対する科学者の目の移りゆきと進歩に対して、哲学者は、ぼんやりと無責任に放棄して行くことはできないのだ、といい、科学の目の進歩に対して哲学者は、それに沿う責任を執らねばならないという(An Outline of Philosophy。いかにも哲学は、宇宙進歩に沿うて、責任ある正しい知識を課題として検討し、たえず進んでいかねばならないのである。哲学は遊びではない。
 ラッセルの洋書は次々と手にし、自分の書棚につまれてはいるが、それがラッセル卿其人であり、身体であるような気さえする。が其書をながめるばあいが多く、これから更めて咬みつく気がいつもするのが常だ。あれだけ数多くの著書を前に、そのことは皆が執るべき態度かもしれない。そうしてラッセルを中心に、その思想と哲学を論議すべき義務が、世人に大きく残されている。
 ラッセル卿の昇天は、ラッセルの思想・哲学を今後にいっそう拡大化させ、人類に貢献させるものと思う。当協会の使命もそこにあろう。