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日高一輝「対ソ抗議の世界会議-B.ラッセル卿が提唱」
『朝日新聞』1969年1月13日(夕刊)掲載

* ロンドン滞在中の日高一輝氏(日本バートランド・ラッセル協会常任理事)からの便り


 ラッセル卿は,北ウェールズの自邸において,いよいよ97年目の新年を迎え,ますます健康で,しかも規律正しい日課のもとに,自叙伝の執筆に没頭しておられるが,このたび意を決してソ連の侵略行為に抗議する世界会議の開催を提唱されることになった。
 会議の時期は,ソ連がイニシアティブをとる世界共産党大会の直前,すなわち(1969年)四月頃,場所はスウェーデンのストックフォルムを予定している。
 広く各国の指導的知識人,文化人,平和運動家の参加を求める。そのうちでもラッセルがとくに力をいれているのは,社会主義者と共産主義者である。
 趣旨は,ソ連のチェコ侵略行為を徹底的に批判するとともに,今後,さらに,ブルガリア,ルーマニアにおよぶ危険と,東欧諸国に加えられる圧力を排除し,さらには,基本的自由の理念を,とくに社会主義を奉ずる個人と国々に徹底させるにある。
 ラッセルはこの会議を,ラッセル平和財団の本年度の主たる活動目標とし,準備に当たらせている。
 ラッセルは先に,ソ連のチェコ侵略行為が始まるといち早く,ブレジネフ、コスイギンのソ連首脳に抗議文を送るとともに,「ロシア軍のチェコ侵入は,クレムリンの弱点を暴露し,自ら唱導する原理を自らふみにじったものである。東欧諸国の基本的自由がいまや脅威にさらされている。」と叫び,「かかる圧迫を認めない全世界の社会主義者と共産主義者は,個人的にも集団的にも激しく抗議する示威運動をすべきである。」とアピールした。チェコスロバキア最高会議幹部会員フランティセク・クリーゲルと著作者協会会長エドワード・ゴールドステッケルが裁判に付された時は,ソ連の圧力によるショー・トライアル(見世物裁判)であると非難し,その抗議文を「ザ・タイムズ」に発表した。
 ラッセルは語る。
ソ連の占領は直ちに止めなければならない。脅迫されたいかなる会談も認めてはならない。基本的自由の理念は,けっして社会主義を脅威するものではなくて(→社会主義の脅威となるものではなく),むしろその根本的要素である。ソ連のチェコ占領は,西側の,さらには全世界の反動勢力を強化させることになる。
 ラッセル卿は,第一次世界大戦に際しては反戦論を唱え,英国政府すらも非難して投獄され,第二次世界大戦の終戦後は,ラッセル=アインシュタイン声明を発し,パグウォッシュ会議を提唱し,NDC(核兵器撤廃運動)を指導し,百人委員会を組織し,ベトナム問題に関してはベトナム・ソリダリティ・キャンペーンを展開して鋭く米国の侵略的行為を批判し,それを糾明するためのベトナム戦争国際裁判とよばれた会議(注:ラッセル法廷)を発起した。この一連の主張と行動を目して,ラッセルを左翼であるといい,アンチ・アメリカン=プロ・コミュニストと断じ,はなはだしきにいたっては,ラッセル平和財団にはソ連から資金が流れている、と私にかたったあるNATO関係者や某大学教授らのような人達もいた。
 ところがいまラッセルは,世界共産党大会の直前の機会をとらえて,ソ連に抗議し,世界の社会主義者,共産主義者に向かって基本的自由をアピールしようとする。この企画は,ラッセルを反米・親ソとなじる向きへの返答になろうし,ラッセルの思想的傾向と平和アピールの本質を理解するうえに,貴重な示唆をあたえるものであろう。この意味で,この企画と今後の動きは大いに注目に値する。