ジョージ・オーウェル『1984年』 - 管理社会/監視社会と自由の制限

 ジョージ・オーウェル(注:George Orwell, 1903-1950:英国の作家で,全体主義的・管理社会的ディストピア反ユートピアの世界を描いた『1984年』で有名/ラッセルのこのエッセイはオーウェルの死後4年目に書かれたことになる。)の『1984年』は,まさに読者を戦慄させた,身の毛のよだつような本である。けれども,この本は,疑いもなく,著者が意図した効果(影響)をもたなかった。(注:オーウェルが自ら語っているように,彼は民主社会主義者であり,彼はこの小説において社会主義そのものを糾弾しているのではなく,当時のソ連に象徴される全体主義的な社会や国家を批判していることに注意)。
 人々はオーウェルがこれを書いていた時には彼は重病だったと言ったが,事実,彼はその後まもなく亡くなった(注:小説『1984年』は1949年6月8日に出版され,1950年1月21日に死亡した)。読者(彼ら)は,むしろ,その小説が与える恐怖による身震いを楽しみ,次のように考えた。「いや,もちろん,ロシアを除いてけっしてそんなにひどくはならないだろう。オーウェル(著者)が陰気臭さを楽しんでいたのはあきらかだ。真面目にとらずに我々読者も楽しむことにしよう。
こういった心地よい欺瞞(虚偽)で自らを慰め,オーウェルの予言が現実のものとなる道を歩んできたのである。少しずつ,一歩一歩,世界はオーウェルの悪夢の実現に向けて進んできている。しかし,この歩みは少しずつであったため,どのくらいこの致命的な道をどんなにか遠くまで歩んできたか,人々は気が付いてこなかった(気がついていない)のである。
1914年より前の世界を覚えている人たちのみが,これまでにどれほど多くのものが失われてしまったかをよく理解することができる。(1914年以前の)あの幸福な時代には,ロシアを除いたどこにおいても,パスポート(旅券)なしに旅行をすることができた。ロシア以外では,いかなる政治的意見も自由に発言することができた。新聞の検閲は,ロシア以外では,知られていなかった。白人は誰でも,世界中のどこへでも自由に移住することができた。ツァー体制化のロシアにおける自由の制限は,他の文明世界全体で恐怖の眼をもってみられ,ロシアの秘密警察の権力は,忌み嫌うべきこととみなされた。ロシアはまだ西側世界より悪いが,それは西側世界が自由を保持してきたからではなく,西側世界が自由を失ってきた一方で,ロシアはどのツァーも考え及ばなかったほど圧制の方向にさらに進んだからである。

George Orwell’s 1984 is a gruesome book which duly made its readers shudder. It did not, however, have the effect which no doubt its author intended. People remarked that Orwell was very ill when he wrote it, and in fact died soon afterward. They rather enjoyed the frisson that its horrors gave them and thought: “Oh well, of course it will never be as bad as that except in Russia! Obviously the author enjoys gloom; and so do we, as long as we don’t take it seriously.” Having soothed themselves with these comfortable falsehoods, people proceeded on their way to make Orwell’s prognostications come true. Bit by bit, and step by step, the world has been marching toward the realization of Orwell’s nightmares; but because the march has been gradual, people have not realized how far it has taken them on this fatal road.
Only those who remember the world before 1914 can adequately realize how much has already been lost. In that happy age, one could travel without a passport, everywhere except in Russia. One could freely express any political opinion, except in Russia. Press censorship was unknown, except in Russia. Any white man could emigrate freely to any part of the world. The limitations of freedom in Czarist Russia were regarded with horror throughout the rest of the civilized world, and the power of the Russian Secret Police was regarded as an abomination. Russia is still worse than the Western World, not because the Western World has preserved its liberties, but because, while it has been losing them, Russia has marched farther in the direction of tyranny than any Czar ever thought of going.
出典: Symptoms of Orwell’s 1984l,(1954).
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/1070_SoO-010.HTM

<寸言>
日本人が現在享受している自由は闘って奪い取ったものではなかった。GHQ(米国)から与えられた自由であり、そのため、自由が少しずつ奪い取られていても鈍感である。