皆、読心術を身につけたら・・・

Mind-Reading_brain-tobrain もし,私たちがみんな,魔法によってお互いの考えを読みとる力を与えられたとしたら,その最初の効果は,ほとんどすべての友情は解消されるだろうということだと思われる。しかし,第2の効果は,すばらしいものかもしれない。なぜなら,友人が一人もいない世界は耐えがたいと感じられるだろうし,そうして,私たちがお互い完全無欠とは思っていないということを自らに隠しておくための幻想のヴェールの必要性もなく,お互いを好きになれるはずだからである。
出典:ラッセル『幸福論』第8章「被害妄想」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA18-020.HTM

If we were all given by magic the power to read each other’s thoughts I suppose the first effect would be that almost all friendships would be dissolved; the second effect, however, might be excellent, for a world without any friends would be felt to be intolerable, and we should learn to like each other without needing a veil of illusion to conceal from ourselves that we did not think each other absolutely perfect.

[寸言]
gizen_aida-mituo 「偽善」(を暗黙の了解/大人の了解)によって社会を維持するよりは,最初は大変でも「正直(あるいは誠実)」を旨としたほうがよい。

自殺の衝動にかられるラッセル-「自由人の崇拝」を書く無神論者のラッセル

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 私の生涯で最も不幸な時期グランチェスターで過ごした。私の寝室は水力製粉所に面していた(注:現在は製粉所はないらしい。)。そうして製粉所の水車の水の流れる音と’私の絶望(感)は、分離できない状態で、混じり合っていた。私は、幾晩も、長い夜を、いつまでも眠らずに、ベッドに横たわっていた。まず最初にナイチンゲール(nightingale サヨナキドリ:夜美しく鳴くので有名/上の切手の鳥)の鳴き声を聞き、それから夜明けに鳥たちの合唱を聞き、日の出を眺め、そうして外界の美しさに慰めを見いだそうと努めた。私は、孤独から、非常に激しく、悩み苦しんだ。1年前は、孤独は人間の本質的な運命であると思っていた。私は、風になびいている白柳(whitening willows)が、平和の国からのメッセージを何かもたらしているのではないかと、ぼんやりと思いながら、グランチェスター周辺の野原を一人で散策した。
TPJ-ABR1 私は、宗教書の著者たちが自分たちの信条から得ている’慰め’のうちに、独断的な教条によらない何かがあるにちがいないという希望をいだいて、テイラー(Jeremy Taylor, 1613-1667)の「聖なる死」といったような宗教書を何冊か読んだ。純粋な瞑想の中に避難しようと試みた。即ち、「自由人の崇拝」(A Free Man’s Worship)を執筆し始めた。散文のリズムを組み立てることは、私が真の慰めをいくらか見いだした唯一のものであった。

The most unhappy moments of my life were spent at Grantchester. My bedroom looked out upon the mill, and the noise of the millstream mingled inextricably with my despair. I lay awake through long nights, hearing first the nightingale, and then the chorus of birds at dawn, looking out upon sunrise and trying to find consolation in external beauty. I suffered in a very intense form the loneliness which I had perceived a year before to be the essential lot of man. I walked alone in the fields about Grantchester, feeling dimly that the whitening willows in the wind had some message from a land of peace. I read religious books such, as Taylor’s Holy Dying, in the hope that there might be something independent of dogma in the comfort which their authors derived from their beliefs. I tried to take refuge in pure contemplation; I began to write The Free Man’s Worship. The construction of prose rhythms was the only thing in which I found any real consolation.
出典:The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 6: Principia Mathematica, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB16-090.HTM

[寸言]
情熱的な恋愛で5歳年上のアリスと結婚したラッセル。しかし、いろいろな行き違いが重なり、いつしかアリスから心が離れていく。
また、ラッセルは(両親が早くなくなり孤独であったので)子どもが欲しいという気持ちが人一倍強かったが、アリスは子どもが産めない身体であることが判明する。そうして、ラッセルは一生子どもを持つことはあきらめようと決意する。

グランチェスターはホワイトヘッド夫妻が住んでいた家であるが、ホワイトヘッドとプリンキピア・マテマティカを共同執筆していた時期、ラッセルも同居していた。
ラッセルはホワイトヘッドの奥さん(Evelyn)に好意をもっていたが、心臓病をわずらっていた。ある日、ラッセルは、グランチェスターの家にもどると、Evelyn が心臓病で死の苦しみに陥っている姿を目の前にする。しかし、何もしてあげることができない。Evelyn が独りで苦しむ姿を目撃し、人間の孤独をまざまざと実感し、今後は、人々の苦しみを少しでも減らす仕事をしたいと「回心」する。

(一時的な)流行追求や趣味は現実逃避のための手段である場合が少なくない

escaptism_escape-from-reality しかしながら,(一時的な)流行追求や趣味は,多くの場合-多分大部分-、根本的な幸福の源泉ではなく,現実からの逃避のための手段になっている。即ち,直視するには大きすぎる苦痛を当面の間忘れるための手段になっている。根本的な幸福は,ほかの何にもまして,人(間)や事物に対する友好的な関心とも言うべきものに依存しているのである。
出典:ラッセル『幸福論』第10章「今でも幸福は可能か?」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA21-060.HTM

Fads and hobbies, however, are in many cases, perhaps most, not a source of fundamental happiness, but a means of escape from reality, of forgetting for the moment some pain too difficult to be faced. Fundamental happiness depends more than anything else upon what may be called a friendly interest in persons and things.

[寸言]
他者(マスコミ,親,組織,その他)から与えられる(既成のもの)もので満足できるのなら,それはそれでよいだろう。しかし,通常は,作られる流行にのってばかりいる自分がいやになったり,人からみればどんなに小さなものでも,自分で創作したり,他者からのすすめを無視して自分で探し選びとりたくなるものであろう。

abe_olimpic-shochi 世の中には,スポーツ,グルメ,ファッション,その他,商業主義にもと,作られた流行が横行している。それらを追いかけていれば,気はまぐれ,そこそこの満足が得られるだろう。しかし,年をとってそういったものに興味を持てなくなれば悲劇である。それに対し,たいしたものでなくても,長い間につちかった,つみあげた喜びは,そう簡単に消え去るものではない。

所有衝動よりも創造衝動を! 所有物は消えてなくなりやすいが,他人と共有できる創造物は末永い喜びの源泉となるだろう。

付和雷同を慎む

Bertrand Russell Quote Fools and Fanatics 自分をとりまく環境とうまくいかないのは,もちろん,不幸ではあるが,それは常に,いかなる犠牲を払っても避けなければならない不幸であるわけではない。環境が愚かであったり,偏見にみちていたり,残酷であったりするような場合は,それと同調しないことは,長所(美点)の印である。
出典:ラッセル『幸福論』第9章「世論に対する恐れ」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA19-040.HTM

To be out of harmony with one’s surroundings is, of course, a misfortune, but it is not always a misfortune to be avoided at all costs. Where the environment is stupid or prejudiced or cruel, it is a sign of merit to be out of harmony with it.

[寸言]
独善的になってはいけませんが,過度に周囲にあわせることは不幸の種ともなり ます。自分が正しいと思ったら,孤立することを恐れずに(ただし周囲の人々を 過度に非難せずに),自我を通すことは,長い目でみればきっとよいことがあると 思われます。

収入が多くて権限(権力)をふるえる仕事を選びがちな人々

think-slowly_satan-make-people-busyそれゆえ,自分の周囲の環境としっくりいっていないと思う若者は,職業を選択するにあたっては,たとえそのために収入がかなり減るとしても,可能な場合はいつでも,気性の合った仲間づくりの機会を与える仕事を選ぶように努めるべきである。しばしば若者たちは,そのようなことが可能だということをほとんど知らない場合が多い。なぜなら,彼らの世の中についての知識はひどく限定されており,わが家で憤れている(その家の)偏見が世の中全体に行き渡っている,と思いこみやすいからである。
出典:ラッセル『幸福論』第9章「世論に対する恐れ」
http://russell-j.com/beginner/HA19-030.HTM

Wherever possible, therefore, young people who find themselves out of harmony with their surroundings should endeavour in the choice of a profession to select some career which will give them a chance of congenial companionship, even if this should entail a considerable loss of income. Often they hardly know that this is possible, since their knowledge of the world is very limited, and they may easily imagine that the prejudices to which they have become accustomed at home are world-wide.

[寸言]
no-use-over-spilit-milk_blood-alsoしかし、給料(賃金)が高いとか、権限(権力)をふるえそうな仕事や職業を選ぶ人が少なくない。それで一生後悔しない人はいいが、お金のかわりに自分の自由時間をほとんど奪われるような仕事につくと、年をとってから後悔しがちである。
勇気が必要。
自分は間違っていないと思ったら,リスクがあっても,やってみる価値がある。たとえ失敗したとしても,若いうちならやり直せる失敗するよりも,あの時トライすべきだったと,いつまでも後悔するよりはましであろう。

捨てる神あれば拾う神あり When one door closes, another door opens

自分の属している集団の慣習としっくりいっていない人々は,それゆえ,とげだらけになり,居心地が悪くなり,また,包容力のある十分なユーモアに欠けた人間になりやすい。こういった人たちも,彼らの物の見方が変わっていると思われないような別の集団に移し変えられたとしたら,彼らの性格は,まったくと変わるだろうと思われる。まじめで,内気で,ひっこみ思案であったのが,陽気で自信を持つようになり,かどがあったのが人当たりがよく話しやすくなり,自己中心的であったのが社交的かつ外向的になる,かもしれない。
出典:ラッセル『幸福論』第9章「世論に対する恐れ」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA19-030.HTM
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People who are not in harmony with the conventions of their own set tend therefore to be prickly and uncomfortable and lacking in expansive good humour. These same people, transported into another set where their outlook is not thought strange, will seem to change their character entirely. From being serious, shy and retiring they may become gay and self-confident; from being angular they may become smooth and easy; from being self-centred they may become sociable and extrovert.
(28)The Conquest of Happiness, 1930, chap.9: Fear of public opinion.
http://russell-j.com/beginner/HA19-030.HTM

[寸言]
世の中捨てたもんじゃない?

権力者(強者)に従っていればひどいことにはならないだろうと考える人々世論の動向を見て自分の意見を決めるひとが多すぎないか?
たとえ世論にさからって少数者となっても,付和雷同して暮らすよりも、仲間を見つけることができれば,心のなかはより明るくすっきりする(多分)。

世論は犬と同様,世論を怖がっている人によりきつくあたる(吠え立てる)

angry_dog 世論は、世論に無頓着な人びとに対してよりも、あきらかに世論を恐れている人びとに対し、つねによりいっそう圧政的になる。人間がを見下してあしらうときよりも、人間がを怖がっているときのほうが、はよりいっそう人間に対し声高に吠え、いっそう咬みつきやすいだろう。’人間集団(群衆)’にも、多少これと同じ特徴がある。
出典:ラッセル『幸福論』第9章「世論に対する恐れ」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA19-030.HTM

gandhi_tatoe-mudadato-omottemoPublic opinion is always more tyrannical towards those who obviously fear it than towards those who feel indifferent to it. A dog will bark more loudly and bite more readily when people are afraid of him than when they treat him with contempt, and the human herd has something of this same characteristic.

[寸言]
「世論が圧政的になる」というのは,もちろん,世論という「一つの」具体的な実体があるわけではなく,多くの人々が同じ意見だろうということで,その雰囲気を感じ取ったマスコミが,「世論」が支持すると思われるやり方で,憎むべき特定の個人(やグループ)をたたくということだと思われます。
しかし,相手が,世論を無視できる権力者で、開き直れる人(例:安倍,麻生,石原慎太郎,その他)であれば,叩いても効果がない(あるいは仕返しがこわい)ということで,マスコミも真正面から指弾することは少ない。(国家の番犬/権力者の犬と呼ばれる御用評論家のみなさんの行動パターンです。)

運動不足と栄養不足は万病のもと - 豊かであっても不健康な食事

gluttony-oogui 肉体労働に従事しない現代人の運動量は,肉体そのものを健康に保つために必要な運動量をどうしても下回る。また,我々のとる食事も豊かではあるが栄養がないものになりがちである。
これらが有している日常的な原因が,世界についての絶望感や信仰の衰微といったいかなる形態よりも,現代人の欲求不満と一層深く関係している,と私は信じている。もしも私の考えが正しいのならば,現代人の絶望を直す仕事医者の任務であって,哲学者の任務ではない。残念ながら,私は哲学者であって,医者ではない。
出典:ラッセル『アメリカン・エッセイ集』の中の「なぜ我々は欲求不満か?」
詳細情報:http://russell-j.com/YOKKYU.HTM

Those of us whose work is not manual are apt to have far less physical exercise than the health of the body demands; or diet also tends to be rich without being nourishing.
Such homely reasons as these have, I believe, much more to do with the discontent of moderns than has any form of cosmic despair or decay of faith. If I am right, the cure for modern despair is a matter for the physician, not for the philosopher.
I, alas, am a philosopher, not a physician.

[寸言]
「栄養がない」というのは,「滋養が少なかったり,栄養のバランスがとれていない」,と言う意味でしょう。野菜に限定してみても,高級野菜は別として,日々の食事用の野菜の多くのものが昔の野菜に比べて栄養価が数分の一になってしまっています。昔と同じ栄養価の野菜も売られていますが,そういったものに限定すると,エンゲル係数がずっとアップしてしまい,高所得者しかその恩恵を受けることができません。

frustration_balance ラッセルがここで言いたいのは,もちろんどんなに健康であっても厭世主義的になってしまうような不幸はあるけれども,非常に多くの不幸が,運動不足や栄養不足による不健康が原因と思われる,ということです。(もちろん,毎日厳しい肉体労働をしなければいけない人のことはここでは含んでいません。)

不健康であれば医者のお世話になる必要があり,哲学や哲学者に救いを求めてはいけない,との警句です。

隣人を気にする - 画一主義は害悪を生む原因となる

uniformity-many-same-people 隣人恐怖症(注:隣人や親しい人の視線を恐れること)は、われわれの心の最も根深い感情の一つであり、これは居間の家具調度の飾りつけのような比較的簡単なことにおいてさえ、われわれが何事かを成し遂げようとする場合に障害となる。われわれは、意地悪い批評を通じてこの恐怖をお互いに隣人に押しつけ合い、その結果、お互いを面白味のない人間にし、自由な自己表現をする活力のある個性の目をみはるような光景から得られる喜びをお互いに奪い合う。そういうわけで、見苦しい家具が存在する原因(根源)は、戦争や宗教上の迫害や人間生活における主要な害悪が発生する原因と同じである。
出典:ラッセル『アメリカン・エッセイ集』の中の「家具とエゴ」
詳細情報:http://russell-j.com/FURNITUR.HTM

Fear of our neighbours is one of our most deep-seated emotions and is the enemy of all achievement, even in so comparatively simple a matter as furnishing a sitting room. We force this upon each other by our unfriendly censoriousness, by means of which we make each other dull and deprive ourselves of the pleasures to be derived from the spectacle of vigorous individuality expressing itself freely. Thus the source of ugly furniture is the same as the source of war and religious persecution, and of all the major evils of human life.

[寸言]
UNIFORMITY 画一化にひそむ危険を指摘する。
個性尊重」は民主主義・自由主義尊重につながる。自分より秀でた人間の足をひっぱり、自分と同じレベルにひきおとすことによって「平等」を実現しようとするのは、民主主義の精神ではないということ。個性を尊重しない精神は、「他者を迫害する心」を生み出し、戦争の原因にもなったりする。

理性や知性に対する嫌悪 -(骨の折れる思考を避けて)情熱と陶酔を求める心

aikoku-onna_seijikatachi 現代において世間一般にゆきわたっている理性に対する嫌悪は、大部分、理性の働きについて、十分かつ根本的に理解されていないためである。自己分裂している人間は、興奮と気晴らしを追い求める。彼は、強い情熱を好むが、それには十分な理由があるわけではなく、しばらくの間、その情熱が我を忘れさせ、骨の折れる思考の必要性から遠ざけてくれるからである。彼にとって、いかなる情熱も陶酔の形となり、根本的な幸福などは想像できないので、彼には、苦痛からの救いはすべて陶酔の形でしか可能でないように思われる。
出典:ラッセル『幸福論』第7章「罪の意識」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA17-100.HTM

The hatred of reason which is common in our time is very largely due to the fact that the operations of reason are not conceived in a sufficiently fundamental way. The man divided against himself looks for excitement and distraction; he loves strong passions, not for sound reasons, but because for the moment they take him outside himself and prevent the painful necessity of thought. Any passion is to him a form of intoxication, and since he cannot conceive of fundamental happiness, all relief from pain appears to him solely possible in the form of intoxication.

[寸言]
常に強い刺激や興奮を求める人は,反省してみたほうがよいというラッセルの指摘。

スポーツに対する興奮であればだいたい無害でしょうが,スポーツに利権が関係してくる場合には,プラス面よりもマイナス面が多い場合が多く,要注意です。

olimpic-shoghosyugi オリンピックは様々な感動を産みますが、その興奮の下、いろいろな悪事が気が付かれずにいろいろ行われていきます。国民はオリンピックに夢中になりますので、政権にスキャンダルがあっても,普段なら内閣がつぶれるような事態でも「軽症」ですますことができます。 感動を生むことは「ビジネス」となり、オリンピック成功のためにということで、いろいろなことがスルーパスされる危険性が増大します。

しかし、たとえば、2020年の東京オリンピック前に東京あるいは関東地方に大地震が起こったらオリンピックを返上するのでしょうか? あるいは、東京オリンピックは無事開催できたとして、その直後にでも大地震が起こったらどうでしょうか? そういったことが杞憂の状況であれば、このようなことを言うのは「ただ不安を煽るだけの見下げた発言」ですが、東京や関東地方にいつ大地震が起こっても意外な(想定外の)状況ではないことは多くの人が自覚していることのはずです。福島復興のために東京オリンピックを成功させよう!」などというスローガンは白々しい限りです。

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政治的指導者たちの大部分は,自分たちは利他的欲求のために行動していると多くの人々を信じ込ませてその地位を得ている。そのような信念も,興奮の影響下では一層容易に受け容れられることはよく理解できる。ブラスバンド,集団祈祷,私刑(リンチ)の執行,そして戦争(注:オリンピックの招致,国会議員団による靖国集団参拝,マスコミによる集団リンチ,仮想敵国による国土侵略の恐怖,その他) と,段階を追って興奮は高まる。★不合理を唱道する者たちは,どうやら,大衆を興奮状態においておけば,自分たちに都合のよいように彼らをだますずっと良い機会がでてくる,と思っているようである★。(麻生元総理が推奨したナチスの手口です。)
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