「法廷劇」ーまるでドーミエのエッチング(の法廷)の世界と同じ

Daumier-etching_hotei それとは対照的に,法廷の光景は,まさにドーミエのエッチング(注:腐食銅版画)の(世界の)ように見えた。(禁固)2ケ月の有罪判決が私に言い渡された時,「恥を知れ! 恥を知れ! 88歳の老人だぞ!」(注:1961年9月の裁判の時には、ラッセルは89歳)という叫びが傍聴人から起こった。私は腹が立った。
その叫びは好意からであることはわかっていたが,私は故意に刑罰を受けようとしていたのであり,いずれにせよ年齢が有罪かどうかということに何らかの関係があるということは理解できなかった。★もしかりに何らかの関係があるとすれば,私の年齢(年をとっているということ)は,それだけ私の罪を大きくした。この訴訟担当の治安判事(警察裁判所判事)が,彼の見地から見れば私はもっと分別があってよい年齢である,と発言したことから判断すると,彼は世間の’標準’に近い人間であると私には思われた。
しかし,大体において,法廷も警察も両者とも,私が望んだ以上に,我々全員に対して,優しく振舞った。裁判が始まる前,ある警察官が,私たちが坐っていた狭い木製のベンチの苦しさを和らげるために,私の腰に当てるクッションを求めて裁判所内を探してくれた。クッションは見付からなかった(それに対して私は感謝した)。しかし,私は彼の骨折りを親切心からのものと受け取った。

By contrast the scene in the courtroom looked like a Daumier etching. When the sentence of two months was pronounced upon me cries of ‘Shame, shame, an old man of eighty-eight!’ arose from the onlookers. lt angered me. I knew that it was well meant, but I had deliberately incurred the punishment and, in any case, I could not see that age had anything to do with guilt. If anything, it made me the more guilty. The magistrate seemed to me nearer the mark in observing that, from his point of view, I was old enough to know better. But on the whole both the Court and the police behaved more gently to us all than I could have hoped. A policeman, before proceedings began, searched the building for a cushion for me to sit upon to mitigate the rigours of the narrow wooden bench upon which we perched. None could be found – for which I was thankful – but I took his effort kindly.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3:1944-1969 ,chap3:Trafalgar Square,(1969)
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/AB33-230.HTM

[寸言]
TPJ-ABR3 「現代のソクラテス」と言われる所以(ゆえん)。
 国家犯罪糾弾し抵抗するが、公正な手続きを受けて有罪となった場合にはその刑に服する。もちろん、その法律が悪法の場合は、その法律を改正するように働きかける。(悪法であっても、「遵法精神」の重要性から従うべきだと言うだけで、悪法を改正しようとしない「遵法論者」,「国家主義者」とは異なる。