婦人参政権の主張の急速かつ完璧な勝利以上に驚くべきものは他にほとんど見あたらない

Women'sSufflage この問題(注:婦人参政権)に関するジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806-1873/ミルはラッセルの名付け親)の著作を思春期に読んで以来,私は,男女同権の熱烈な擁護者であった。それは,私の母が1860年代に婦人参政権(女性参政権)のための運動をずっと行っていたという事実を知るようになる数年前のことであった。文明世界全体を通して,この大義(婦人参政権の主張)の急速かつ完璧な勝利以上に驚くべきものは,他にほとんど見あたらない。それほど成功した事柄に,私も一定の役割を果たしたということは,嬉しいことである。

I had been a passionate advocate of equality for women ever since in adolescence I read Mill on the subject. This was some years before I became aware of the fact that my mother used to campaign in favour of women’s suffrage in the ‘sixties. Few things are more surprising than the rapid and complete victory of this cause throughout the civilised world. I am glad to have had a part in anything so successful.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 6: Principia Mathematica, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB16-180.HTM

[寸言]
(以下長目の引用ですが、凝縮した文章であり、熟読すべき文章だと思われます。「知的忘恩」や「先人の努力に対する忘恩」は世界中によくみられる現象です。)

市井三郎氏曰く
「わが国で、「近代的」な考え方だとされていることどもは、数多くある。たとえば男女は法的に平等に扱われるべきであり、人間性を抑圧することなく素朴に幸福と感じられることを相互に増進するのがよきことであり、宗教その他の禁忌によって性(セックス)をタブー化すべきではなく結婚制度を神聖化して離婚や再婚それ自体を非難するのはマチガイであり、そのような神聖化をたてまえとしながら、裏ではたてまえの禁ずる欲望にひそかにふける、といった慣行はいっさい排除すべきであり、その種の慣行が教育の実際に、権威主義的にはびこることが、人間の内奥に歴史的に形成された悪しき情熱を永続させることになり、ひいては侵略戦争とか植民地化といった国際的な抑圧形態までを生じさせる要因となる。だから「たてまえ・ほんねの二重分裂」や「偽善」、またいっさいの「権威主義」を排除しなければならない
逆にいえば、外部の権威にたよってではなく、「自分の内面の確信」によって行為を決めねばならないといった考え方ほ、西欧にあっても近代というよりは、二十世紀に入ってようやく社会的に流通するようになった考え方である。
さらに西欧ではとっくの昔に社会慣行になっていたはずだ、とわが国で信じられがちな★民主主義なるもの★も、国内の政治制度としては(たとえば英国でも)ようやく前世紀終りころに労働者階層にまで選挙権がひろげられた。だがそれも男性に対してだけで、イギリス成人女性がすべて参政権を得たのは、よりおくれて1928年(フランス女性の場合は1945年)である。さらに★国際的な民主主義★となると、ずっとおくれる。西欧諸国の政府が「権力政治的な外交政策」を強固にとりつづけたのは周知のとおりであり、一般人民のものの見方も、「自国内の民主主義的慣行」を国外にまでひろげて考える、といった姿勢からは長く縁遠かったのである。
その一般人民の考え方に変化が起り始めたのは、きんきん過去半世紀あまりのことにすぎない。まさに★バートランド・ラッセルは、今世紀のその数十年のあいだに、英国の一般の人々の考え方や慣行に以上のような変化を起させるために、最大の闘いをたたかった思想家・実践者だったといえるだろう。」
【『人類の知的遺産:ラッセル』(講談社,1980年2月)pp.2-3)】