三浦俊彦による書評

★ ニコラス・ファーン『考える道具(ツール)』(角川書店)

* 出典:『読売新聞』2003年6年1日掲載


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 ――ヤラレタ。やられました。
 西洋哲学の要所要所を時代順オムニバスで紹介する入門書なのだが、ヤラレタという感じは目次を見ればおわかりいただけると思う。
 「タレスの水」から始まって、「プラトンの洞窟」「オッカムの剃刀」「デカルトの悪霊」「ヒュームの熊手」「カントの色眼鏡」「ニーチェの槌」……。全二十五章の表題はほとんどすべて「〔人名〕の〔キーワード〕」という形式。キーワードは、尋問、槍、剃刀、契約、計算、鏡といった、道具、武器や行為の名が多い。
 たしかにベタな手法ではある。「ベーコンの鶏」とか「ポパーの人形」とか「ライルの宇宙」とか、かなり強引な表題も。「そこまでして統一規格にしたいか」とツッコミを入れたくもあり「書いててさぞ楽しかったろうな、チクショー」と羨望を吐露したくもあり。いや実際、読んでいても執筆時の悦楽の波動らしきものが響いてくるまことにイキイキした哲学史なのだ。
 稚気たっぷりの章立ては、しかしただの遊びではない。「思想家たちが構築した理論や体系そのものより、こうしたツールや装置のほうが長持ちすることも多い」という確固たる視点に基づいた戦略なのである。各々の思想家の「理論」は、知識とか政治とか言語とか倫理とか、特定のテーマのために築かれているが、その基礎にはもっと汎用性ある方法論というものが必ずある。それが著述の端々に「洞窟」「剃刀」等々の比喩となって露出する。そのわずかな露出面の輝きを磨き広げて「偉大な哲学者たちが『何を』考えたかだけでなく、『どのように』考えたかを明らかに」した着眼は見事だ。
 人選はかなりイギリスに偏っているが、西洋哲学史の輪郭を鮮明に捉えるのに支障はない。計算機科学のチューリング、進化生物学のドーキンスなど、哲学者でない人々もエントリーさせたところに、現代の問題意識と思想史とが自然リンクする妙味が出た。訳者による各章末の詳しい読書案内がまた重宝である。

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