三浦俊彦による書評

★ シャーマン・スタイン『数学ができる人はこう考える』(白揚社)

* 出典:『読売新聞』2003年4月13日掲載


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 数学は難しい。ごまかしがきかない。途方もない努力を要する。しかし、聡明で誠実な努力家でありながら数学が苦手、という人がこうも大勢いるのはなぜだろう。
 本書の最初の問題「ビュフォンの針」で探ってみようか。平行線の上に、その間隔と等しい長さの針を投げたとき、針が線と交わる確率を求めよ。正解は、2/π。……ってなぜいきなり円周率が? こんなところでπと言われても実感がついてこないというか……。
 そう、数学が嫌われる最大の理由は、「直観を愚弄する」ことだろう。親から授かった感性を尊ぶ人ほど、数学の暴力性に反発したくなるはずだ。でも、自然な情緒を追認する文学や芸術ですら、親譲りのぬくもりを混ぜ返す折々の狼藉に満ちている。文明のそうした否定ダイナミズムの、最もピュアな形態が数学なのだ。
 しかし本書は、そんな数学をまた強引に、日常の直観レベルへ一瞬ひきずりおろしてみせる。各章で読者を「実験」にいざなうという意表を突いた手口。針を何十回も投げて記録をとってみよう。長さを変えて、折り曲げて、円の形にして投げてみよう。ほうら、これとこれが同じことで、これがこうだから、ね、答えの中に円周率が浮かび上がってきたでしょ……。
 針投げ以外にも、バレーボールの試合が2点差で決着するまでの平均得点とか、開票のあいだ一方が他方に対し常にリードしつづける確率とか、繰り返しのない文字列の作り方とか、結構難しいはずの問題群を、導入実験によってすんなり直観へ同化させたうえで、論証の裏づけをきっちり取る。しかも足し算引き算以外はほとんど使わないおそるべく平易な計算で。
 字も大きくて読みやすいことこの上ない。生まれつきの直観が踏みにじられる崩壊感覚、という数学本来の法悦境へ向けて、とりあえずは華麗な体感戦術で読者をかっさらってゆく、稀有の啓蒙書である。


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