三浦俊彦による書評

★ポール・エドワーズ『輪廻体験-神話の検証-』(太田出版)

* 出典:『論座』2000年3月号掲載


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 宗教学者や社会学者から成る「宗教と社会」学会が、95年から毎年、全国約一万人の大学生を対象に宗教関連の意識調査をしているという。その中にはオカルトや超常現象をどのくらい信じているかといった質問も含まれているのだが、公表された調査結果(『朝日新聞』2000年10月25日)を見て、私は首を傾げた。  「テレパシーの存在を信じるか」「前世・生まれ変わりを信じるか」「死後の世界の存在を信じるか」といった質問が並び、ほとんどの項目について「信じる」が15%前後、「ありうると思う」が40%前後となっており、「オカルトや超常現象を信じている学生が年々多くなっている」と記事は述べている。
 私が疑問に思ったのは、答えよりも、質問の立て方のほうだった。質問の中に、「オーラの存在を信じるか」「臨死体験の存在を信じるか」というのがあったのである。テレパシーや生まれ変わりと、オーラや臨死体験を同列に扱う調査票が、いかにも雑駁に思われたのだ。
 そもそもオーラとは何だろうか。生体が熱や水蒸気を放出していることは端的な事実であろう。それを写しだす写真機も存在する。また、瀕死の患者がしばしば、脳貧血による幻覚を見ることもまた、医学的に確認された事実であり、臨死体験そのものは実在する。よってテレパシーなど他の質問との整合性を保つためには、「オーラは心霊エネルギーだと思うか」「臨死体験は肉体から魂が離脱する証拠だと思うか」といった問い方にしなければなるまい。「オーラはあるか」「臨死体験はあるか」あるいは「UFO(未確認飛行物体)はあるか」と聞かれたら、まともな人なら「ある」としか答えようがない。「UFO? あるに決まってるでしょ。宇宙人とは関係ないだろうけどね」。
 このように、意識調査される側よりも、意識調査する側にすでに概念的混乱があり、超常現象とされるものの記述と解釈とがごっちゃになっているのでは、まともな「意識調査」など期待できるはずがない。大衆そして学識者の知的レベルがこの程度のものでしかないのが日本の、そして世界の現状なのだ。
 そんな現実だからこそ、この『輪廻体験』は読まれるべきである。フランスのポストモダン哲学のインチキさ加減を批判した『「知」の欺瞞』アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン著、岩波書店)が昨年訳されて評判になったが、『輪廻体験』はそのオカルト思想版と言えようか。キリスト教的な死生観に代わって欧米で流行りつつある東洋的な輪廻思想と、それに関連した主張――生まれ変わり、カルマ、幽体離脱、アストラル界など――を吟味しながら、それらがいかに非合理的であるか、それらを信ずることがいかに深刻な知的害毒を流しているかを徹底的に糾弾した書物である。
 槍玉に挙げられるのは、キューブラー・ロス、ブライディ・マーフィのような霊的体験者から、レイモンド・ムーディ、イアン・スティーヴンソンのような研究者まで及ぶ。ベストセラーになった数々の臨床オカルト本を引用し、詳細に吟味し、その論理矛盾やデータ操作の疑惑を突いてゆく手並みは鮮やかだ。しかも前述の「宗教と社会」学会のような杜撰な言葉遣いに流れることもなく、「臨死体験」という語にしても病理学的な語法と心霊的な語法とをきちんと区別して使っている。オカルト派に劣らず知的混乱を呈した反オカルト派陣営に、一つの知的模範を示した論考だと言えよう。
 ただし、堅実な哲学者にふさわしい端正な論証が、オカルト信者たちの心にどのくらい届くのか、懸念されるところもあった。たとえば、意識(心)というものは脳という物質に依存して生ずるはずだという科学的知見に関してさまざまな傍証を挙げ、それによって、体から独立した霊の存在を否定するという作業に一つの章をまるまる当てているが、このような「理屈っぽい」議論によって、キューブラー・ロス信者のような軽信者らの思い込みを翻させられるとは思われない。しかし、オカルトに興味はあるがすっかり信じているわけではない、という程度の大多数の若者に対しては、著者エドワーズの地道な論法と姿勢は深い感銘を与えるはずだ。
 信じれば幸せになるのなら信じてもいいではないか、という態度を、著者エドワーズは否定する。そういう考え方は「知的レベルを下げ」、全体的にみて幸せの度合も低い人生しかもたらさない、というのが一貫した考え方なのである。 輪廻思想とは直接関係ないサイババのような事例にも本書は言及しているが、サイババといえば先日、『裸のサイババ』(パンタ笛吹著、ヴォイス)という本が「衝撃の事実!」というPOP付きで平積みになっているのを目にした。サイババの物質化トリックの種明かし、少年への性的虐待などなど、多くのスキャンダルを当事者の証言によって暴露した本のようだ。そうした「実証もの」と、本書のような「論証もの」を併読することが、オカルト病予備軍にとって最も有効な予防策になるだろう。

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