『心理パラドクス−錯覚を活用するための101問』(仮題) 採用問題集

 このページには、採用パラドクスの中からいくつか選んで掲載します。オリジナル問題、よりも、哲学・論理学・数学・社会科学・自然科学の由緒正しい問題から採ってきたものが大半ですが、原典をアレンジしたり、解答・解説の方にひねりを加えたりと、私独自の工夫を凝らしています。
 出典文献はここには挙げませんが本には記してあります。
 解答・解説は、『心理パラドクス』をごらんになってください。
 正解問題の傾向から運勢占いができるコーナーも、『心理パラドクス』巻末にあります。

表紙画像  目次  まえがき  「評価軸について」

(注)▼以下の問題文は、本そのものの文章とは細部に若干の違いがあります。

006★心の会計簿    1123         peninsula puzzle

 まず、次の2つのストーリーを読み比べてください。

 A:コンサートの前売り券を1万円で購入した。当日、会場最寄の駅で、チケットを紛失したことに気づいた。当日券(前売り券と同額の1万円)はまだ売り切れていないので、このまま会場へ足を運んで改めて購入すればよいのだが……。
     @チケットを買う  Aチケットを買わない

 B:前売り券を買いそびれていたコンサートの当日券がまだ買えるということなので出かけたところ、会場最寄の駅で、チケット代と同額の1万円入りの財布を紛失したことに気づいた。財布はもう一つ持っていて当日券購入に支障はないので、このまま会場へ足を運んで購入すればよいのだが……。
     @チケットを買う  Aチケットを買わない

 さて、Aの場合、@Aどちらを選ぶ人が多いだろうか。Bの場合、@Aどちらを選ぶ人が多いだろうか。そしてそれはなぜだろう。

016★墜落ネコの死亡率    1123         falling cats' death rate

 ネコは、御存知のとおり、着地がうまい。しかし、半端でなく高いところから落ちたネコはどうなるだろう? この興味深い話題について、ニューヨーク・タイムズの科学別冊『サイエンス・タイムズ』に次のような記事が載った(1989年8月22日。以下は要約)。

 1984年の5ヶ月間に、ニューヨーク市の高層マンションからネコが落ちた事故のうち、何階から落ちたかという獣医師の記録があるのは129匹である(2階〜32階)。うち、死亡は8匹だったが、驚くべきことに、階が高いほど生存率も高いという事実が判明した。7階以上から落ちたネコ22匹のうち死んだのは1匹だけ。9階以上から落ちた13匹はすべて生き延び、しかも骨折は1匹だけだった。
 なぜ高階層から落ちたネコのほうが生存率が高いのか? 獣医師の説明によると、ネコは、落ちると「終端速度」(それ以上速くならない最高落下速度)にすみやかに達する。それは時速60マイルで、人間の大人の終端速度の半分。この終端速度に達するまでは、ネコは脚を突っ張って抵抗するので、着地したとき怪我をしやすい。しかし終端速度に達した後は、ネコはリラックスし、脚をムササビのように広げるので、空気抵抗が高まり、着地時に衝撃が均等に分配されるのである。

 さて、統計数字そのものに間違いはなかったのだが、後に、この統計は根本的な誤解にもとづくものであることがわかった。つまり、高階層のネコのほうが下階層のネコより生き延びやすいという事実はなかったのである。
 統計と現実との間にズレが生じたのは一体なぜだろうか?

028★知らぬは亭主ばかりなり    2123        common knowledge

 太郎と和雄と哲治の3人は仲良しだ。そして全員が、妻に不倫されているという共通点がある。しかし当人は妻の不倫を知らない。3人共通の親友で、すべてを知っている優作がこの状況に心を痛めて、4人で集まったときにこう言った。
 「君らの奥さんが不倫しているかどうかについて、僕の知る事実をこれから紙に書いて教えようと思う。ただし、何も問題なければ白紙にしておくが」
 こうして優作は、3人のおでこに紙を貼った。3人はそれぞれ、次のように書かれた紙片をおでこに貼り付けられているのを互いに見た。
 太郎のおでこ……「太郎の奥さんは不倫している」
 哲治のおでこ……「哲治の奥さんは不倫している」
 和雄のおでこ……「和雄の奥さんは不倫している」
 自分のおでこの紙は、本人には見えない。他の2人のおでこに書いてあることが見えるだけだ。優作は信頼が厚く、ウソをつかないことは3人にはわかっている。したがって、紙片を貼られたことにより、「知らぬは亭主ばかりなり」となった。3人は、他の2人の妻の不倫については知りながら、自分の妻に関しては知らないという状況に置かれたのだ。
 優作は言った。「さあ、自分の奥さんが不倫していると確信できたら、いますぐに奥さんに電話した方がいいよ」
 @さて、3人の中で、妻に電話した者はいるだろうか。(3人の推理力は同程度だと全員が思っているものとします)

 A太郎が言った。
 「自分の紙は見られないんだからわからないよ。もっとヒントをくれよ」
 「フム、ヒントね……。よかろう」
 そこで優作は次のヒントを出した。
 『君たちの奥さんたちのうち、少なくとも1人は、不倫しているよ』
 さて、このヒントが与えられた時点で、妻に電話した者はいるだろうか。

 Bヒントが与えられた時点で、3人とも、自分の妻に電話したのだった。なぜ、3人とも自分の妻の不倫がわかったのだろうか。優作のヒントは全く無価値なヒントのように思えるのに?

035★最善の可能世界   3121      the best of all possible worlds

 アメリカの小説家ジェイムズ・ブランチ・キャベルの言葉に、こういうのがある。
 「私たちは可能な諸世界のうち最善の世界に住んでいる、と楽観論者は宣言する。悲観論者は、そのとおりではないかと心配する」
 さてここで、「可能な諸世界」を、現実世界と並んで実際に存在している具体的な別世界として考えているのは、楽観論者・悲観論者のどちらだろうか。逆に、「可能な諸世界」を、具体的別世界ではなく、現実世界の持つ抽象的な性質(可能性)として考えているのはどちらだろうか。

036★人はなぜ犬をかわいがるのか?    1231      man-dog paradox

 日本国内に、一千万頭以上の犬が飼われている。その多くは、ペットとして飼主と親密な感情的絆を形成する。飼犬に死なれて悲嘆に暮れた経験を持つ人も多いはずだ。
 しかし、人間はなぜ犬をかわいがるのだろうか。犬に対して感情的な愛着を覚える人間の傾向は、どうも不可解である。とくに生物進化論からみると、人間に犬をかわいがる性質があるということは、謎なのである。動物のある種が別の種に愛着を覚えて保護し利益を与える理由は適者生存の適応進化で説明できないし、そもそも、犬好きの人間と犬嫌いの人間を比べた場合、犬好きのほうが不利な立場にあるように思われるのだ。
 犬は、口の中の病原菌や糞の中の寄生虫によって人間に害をもたらす。犬に咬まれた傷や感染症によって子どもが命を落とすことも少なくない。現代のような医療や薬のない原始社会では、犬を飼うことによる不利益はもっと大きかったはずだ。犬は狩猟や警備の役に立っていたとも考えられるが、それなら牛や馬のように淡々と使役すればよいだけのこと。「かわいがる」必要などなかっただろう。不衛生な接触を伴いがちなかわいがり方は健康上のリスクが大きいのだから。しかも犬は食糧難のときに殺されて人間の食糧となってきたが、そういうときは、なまじかわいがってなどいない人間のほうが心理的抵抗なく処置でき、困難を乗り切りやすかっただろう。
 このように、犬を感情的に「かわいがる」性質は、個々の人間にとって、不利に働くのだ。人間といえども動物だから、ダーウィン進化論的な自然選択の例外ではない。生存に有利な性格を持った個体がより多くの子孫を残し、遺伝子を広め、似た性質を持つ人間を増やすはずである。つまり、犬を可愛いと思う「犬好き遺伝子」は淘汰され、「犬嫌い」あるいは「犬を冷徹に使役する性格」こそが有利な性質として拡がりやすかったはずなのだ。
 しかし現在、犬に感情的な愛着を示す人間は多い。犬をかわいがるのは現代に始まったことではなく、遠い祖先から受け継いだ人間性の一部である。生存上不利な性質をわざわざ備えた個人が増えてきたのだ。現代進化論の定説である適応進化説に反するようなこの性質を人間が持つようになったのはなぜだろうか。二通り考えてください。

047★コープの法則     3211       Cope's law

 「生物は進化するにつれて大きくなる傾向がある」という「法則」がある。アメリカの古生物学者エドワード・コープ(1840〜1897)が提唱したものだ。
 たしかに、ある系統の生物の化石を年代順に並べてみると、年代が新しくなるにつれて体が大きくなっていく傾向が見てとれる。珊瑚も、アンモナイトも、恐竜も、哺乳類も。生物界全体についても同じことが言える。小さなバクテリアから多細胞生物へ、魚、爬虫類、哺乳類へ……。生物界には「巨大化パワー」のようなものが働いているのだろうか?
 045【ウォレスのパラドクス】で見たように、進化にはあらかじめ定まった方向性があるという「定向進化」は、現在の進化論では否定されている。見掛け上、目的や方向がありそうな変化現象も、実はランダムな変化の統計的結果に過ぎない、と考えるのが定石だ。
 それでは、大きさの増大という生物進化の事実は、どうやってランダム性で説明するのだろうか。

048★生命の窓    1321           window for life

 生命活動の最古の痕跡は、38億年余り前の岩石に遡る。つまり、ほぼ40億年前には、原始的な生命が地球上に存在したと推測される。地球誕生後5〜6億年ほど経って、隕石群の絶え間ない直撃という地獄の状況がおさまった直後に、生物が誕生したというわけだ。生物は、地球の環境が過酷でなくなるや否や、つまり誕生できる環境が整うやいなや、すぐに誕生したのだ。
 さて、コペルニクス的「平凡の原理」により、地球の生命が全宇宙の生命の中で例外的に早く生じたのでないとすれば、地球以外の地球型環境においても同様に、生物はすぐに誕生しやすいのだろう。よって、地球型環境が宇宙に豊富にあることを仮定すれば、生物は宇宙に豊富に誕生している。宇宙は生命に満ちているのだ。
 この論法は正しいだろうか。正しくないとしたら、どこが問題だろうか。

053★ラプラスの悪魔     3132          Laplace's demon

 ピエール・シモン・ラプラス(1749〜1827)は、天文現象を正確に予言できるニュートン力学の大成功に感銘を受け、自らもニュートン力学の応用に貢献し、世界は決定論的だと考えた。すなわち、宇宙のすべての粒子の位置と速度が定まっている以上、ニュートンの力学法則によって、未来のいかなる時点のあり方も一通りに決定しているはずだと。したがって、ある時点での宇宙の有様を完全に知っている魔物がいれば、その魔物の目からは、未来のすべての状態がお見通しなのだ(過去についても同様)。人間の知識は限られているが、完全な視野を持つ魔物の観点からすれば、宇宙は常に、特定の一通りのあり方として決定しているのである。
 さて、ラプラスは、確率の哲学的考察を集大成した著作の中で、次の問題を提示している。

 問:このコインは、密度の分布がかなり偏っているため、表の出やすさと裏の出やすさとが異なることがわかっている。ただし、コインを見ただけでは表裏どちらが出やすいのかわからない。さて、いま投げたとき、表が出る確率pはいくらだろうか。

 答A:p=1/2。理由;表が出やすいか裏が出やすいかどちらかだとはいえ、どちらかわからないのだから、表の出る確率は1/2と判断するしかない。
 答B:0≦p≦1かつp≠1/2。理由;偏りがあることがわかっているのだから、表の出る確率は1/2ではありえない。

 ラプラス自身の答えは、AとBのどちらだっただろうか? ラプラスが決定論者であったことをふまえて、理由もお考えください。

056★交換のパラドクス   3332          exchange paradox

 @2つの封筒A、Bがある。片方は他方の2倍の金額が入っているという。選んだ封筒の中の金をもらえる。あなたはAを選んだ。封を開けると、1万円が入っていた。
 そこで相手は言った。「さて、今ならBと交換できますが。その場合その1万円は返していただいて、Bの中身を差し上げます」
 あなたは考えた。「私の選んだAが高額の方か小額の方かは五分五分だ。つまりBの中身は2万円か5千円か、確率は半々。となると……、交換した場合の期待値は、2万円×1/2+5千円×1/2=12500円。これは、今ここにある1万円より多い。ということは、交換したほうが得ということだ」
 あなたのこの推理は正しいだろうか?

 Aあなたは封筒を一つ差し出された。1万円入っている。相手はこれをくれるというのだが、一つ提案をした。
 「ここでもし、その1万円をいったん返していただいて、あなたの財布の中のコインを一枚投げて表が出たら、2万円にしてお返しします。裏ならば、5千円にしてお返しします。いかがでしょう」
 あなたは考えた。「表裏の確率は半々だな。となると……、コイン投げをした場合の期待値は、2万円×1/2+5千円×1/2=12500円。これは、今ここにある1万円より多い。ということは、コイン投げをしたほうが得ということだ」
 あなたのこの推理は正しいだろうか?

 BCD省略

062★ブラックのジョーク   3112          Black's joke

 哲学者マックス・ブラックの学生が、海外で研究発表をすることになったのだが、飛行機に乗るのをこわがった。テロリストが爆弾を持ち込むかもしれないというのだ。そこでブラックは彼女にこう言った。
 「テロリストが爆弾を持ち込むのは、ありえなくはない。しかしどうだね、たまたま2人のテロリストがそれぞれ別個に爆弾を持ち込む確率はほぼゼロではないだろうか」
 「ええ、まあ、2人重なることはほとんどありえないと思います。だけど1人でも爆弾を持ち込めば危険なわけで……」
 「だったら、きみ自身が爆弾を持ち込んだらどうだ。2人重なることはまずないのだから、きみの他にもう1人爆弾を持ち込む確率はほぼゼロになるだろう。それで安心だ」  ブラックはもちろんジョークとして言っているのだが、ブラックのこの理屈は本当は正しいのだろうか、それとも間違っているのだろうか。

064★遊女の平均寿命    1213        average lifetime of prostitute

 江戸東京博物館の展示に「吉原の遊女の平均寿命は23歳」というデータが公開されていたそうである(今もまだ公開中だろうか?)。この数字が真実なら大変なことだ。吉原というところは、いや江戸の遊女全般の境遇はなんと悲惨だったことだろう! こうして、江戸時代の性を美化してはならないとか、遊郭や売春一般を肯定することは間違いだとかいう持論の論拠として、この「平均寿命23歳」を使っている論者もいる。
 ここには実はさまざまな統計上の偏りや情報不足が重なっていて問題は複雑なのだが、主要な点に限って単純化すると、次のような事情が浮かび上がる。
 件の展示の数字は、吉原の遊女が葬られた投げ込み寺の過去帳から計算されていた。ということは、年季が明けたり身請けされたりして吉原を去った女は統計に入っていない。吉原の遊女は、10年契約の年季証文によって18〜27歳の暮れまで勤めるのが基本なので、統計の母集団に28歳以上の者は含まれていないのである(前借がかさんでいつまでも足を洗えない例外があるにしても)。となると、遊女である間に病気などでたまたま亡くなった者の平均年齢を算出すれば、かなり若い数字が出ることは当然だ。「23歳」という数字は吉原が悲惨な環境であったことの証拠には全くならないではないか。
 「平均寿命23歳」を論拠に「江戸時代の遊女は悲惨だった」と主張する評論家が、上のような批判を受けたとき、次のように反論したという。「遊女の平均寿命など調べなおしてもどうせ数年あがるだけ。江戸時代の平均寿命は40歳程度だから、28歳で年季明けしても大して長生きできるはずがない」。
 この弁明は、ダメ議論の典型である。2つの点で批判してください。(ヒント:一つは、「平均寿命」の意味について。もう一つは、全般的な論理に関して)

086★アポロ:人類の月面着陸はウソ?   1132     Apollo moon hoax

 1969年7月20日、アポロ11号が月の「静かの海」に着陸、初めて人間が月面に立った。72年までに6回にわたって計12人の宇宙飛行士が月に降り立ち、科学調査やレーザー反射板の設置、サンプル回収などを行なった。
 ところがテレビ番組などで、「人類の月着陸はウソ」「アメリカの国家威信のための捏造」という話が広まっている。陰謀説を支持する人々が本を出版したりもしている。
 捏造論者は、「写真やビデオ映像が完璧すぎる」「大気がないはずなのに星条旗がはためいている」等々の傍証を挙げて、人類の月面到達は世界を騙す演出だったと主張する。「疑いを晴らしたければアメリカ政府はただちにアポロ計画を再開するなり月面を高解像度で映して月面車や旗を示すなりすべきだ。人類の月着陸という事柄の存在を肯定する側にこそ立証責任があり、否定する側は疑いを提示すればよい。ある事柄の『非存在』を立証することはできないからだ」。
 捏造論者のこの議論を批判してください。

088★三単語クイズ   1123           three word quiz

 @次の三つの中から、とくに近い関係にある二つを選んでください。

    { パンダ、サル、バナナ }

 Aこのテストを、アメリカ人と中国人の大学生多数に行なった。アメリカ人、中国人それぞれどのようなペアを選んだだろうか。(西洋人は論理的なルールで世界を認識し、東洋人は具体的文脈で世界を認識するという、よく言われる違いを念頭に置いてください)

090★パーキー効果    1113           Perky effect

 あなたは心理学実験の手伝いのアルバイトをしている。具体的にどんな実験なのかあなたは知らない。あなたの案内で部屋に入ってきた被験者は、椅子に座って正面の白い壁をじっと見つめている。ところがその面は、一見して壁としか見えないが実はリアプロジェクション・スクリーンであることがあなたにはわかった。人の顔が大きくうっすらと映し出されているのだ。あなたは被験者からちょっと離れた脇で待っているのだが、スクリーンの顔は、かなり薄いとはいえ、よく見れば気づく程度の映像だ。不明瞭な顔の映像をどれだけ正確に記憶できるか、そのテストを被験者たちは受けているのだろうとあなたは推測した。
 こうしてあなたは何十人もの被験者を部屋に案内しては壁(スクリーン)を見せ、時間を計って隣の面接室へ誘導する、というのを繰り返した。
 さて、当日の午後あなたは、被験者たちと雑談したとき、顔の映像のことは誰一人として気づいていないことを知ったのである。みな、ただの白い壁だと思い込んでいたのだ。しかし、彼らより散漫にスクリーンを見ていた傍観者のあなたですら、壁がスクリーンであること、そして顔が映っていることにすぐ気づいたのだから、じっと注視していた被験者たちが顔の存在に気づかなかったのはおかしい。
 被験者たちが顔に気づかなかったのは、やはり、実験の内容ゆえであることが後にわかった。被験者はみな、あの部屋に入る前に、実験者から、あることをするように指示を受けていたのだという。それは一体、どんなことだったのだろうか。顔の映像に気づかせないような、そんな催眠術のような指示がありうるのだろうか?

097★宇宙船のパラドクス   3111         spaceship paradox

 宇宙船が時速aで一直線に飛んでいる。今から1/2時間後に、速度をaの2倍にする。さらに、1/4時間後にはまた2倍にする。さらに1/8時間後には、また2倍に。こうして、一定速度を保った前段階の半分の時間が経つごとに2倍に増していく。
 @1時間後に、この宇宙船はどこにいるだろう。今いる地点からどのくらい離れたところに位置しているだろうか?

 A省略

 Bさて、そもそもアインシュタインの特殊相対性理論によれば、速度の上限は光の速度、つまり秒速約30万キロメートルではなかっただろうか。本問は「速度はいくらでも増やしてゆける」という前提で問われているが、その前提が誤りである以上、問いとしてナンセンスだったのではないか。あえてこの問題を問うならば、宇宙船が光速度に達した後は速度一定として計算し、1時間後の位置を求めればすむのではないか。
 この批判に答えてください。

098★アキレスと亀:変則バージョン 3111 Achilles and tortoise: non-paradox version

 アキレスが亀のaメートル後ろにおり、両者は同時に前方へ走り出す。アキレスは常に亀の2倍のスピードで走る。にもかかわらず、アキレスは亀に永久に追いつけない。
 このことを「証明」するゼノンの論証は次のようなものだった。アキレスは亀の出発地点へ辿り着かねばならない。しかしそのとき亀は、アキレスよりa/2メートル前方にいる。次にアキレスはそこへ辿りつかねばならない。そのとき亀は、アキレスよりa/4メートル前方にいる。次にアキレスはそこへ辿りつかねばならない。そのとき亀は、アキレスよりa/8メートル前方にいる。……と、いつまで進んでもアキレスは亀に追いつくことができない。
 むろんこれは詭弁である。現実には、亀の2倍の速度で進むアキレスは、亀がaメートル進み、自分が2aメートル進んだ地点で亀を追い抜く。ゼノンの記述は、a+a/2+a/4+a/8+……というふうに、2aに収束する無限数列の和を描いており、アキレスが2aメートル進むまでの物語しか語っていない。つまり、制限された記述だ。アキレスが2aメートル進む以前には、アキレスが亀に追いついていないのは当然である。だからといって、アキレスが「いつまでも」亀に追いつけないことにはならないのだ。  @さてしかし、厳密にいうと、アキレスは亀に本当に追いつけないかもしれないのである。「アキレスが亀のaメートル後ろにおり、両者は同時に前方へ走り出す。アキレスは常に亀の2倍のスピードで走る。両者はいつまでも同方向に走り続ける。にもかかわらず、アキレスは亀に永久に追いつけない」。
 このようなことは実際に起こりうる。さて、どういう場合だろうか?

 ※「098★アキレスと亀:変則バージョン」は、ゼノンのパラドクスを専攻していたという奥川健太郎氏からのeメールによってご教示いただいた。
   他にも、前2著への読者からの質問・指摘、およびBBSへの投稿などを、適宜生かすことができた。感謝いたします。※