三浦俊彦による書評

★ テリー伊藤『新 お笑い北朝鮮』(ダイヤモンド社)

* 出典:『論座』2004年6月号掲載


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 赤瀬川原平の「超芸術トマソン」や「老人力」を思い出した。廃屋とか建築放棄とかボケとかいった側面からしか見られず軽視され無視されてきた現象や物件に、新種の美、興趣、パワーを見出してゆく。わびさびの理念もそれだし、トマソン的価値転倒の見立ては、古来、日本文化の得意とする分野だった。
 そこで北朝鮮。なるほど言われてみれば、笑える存在。「脅威」という型通りのイメージには世間もそろそろ飽きてきた頃だろうし。などと言うと、拉致にミサイルに問題山積なのに不謹慎な……北朝鮮内にも食糧難や独裁政治に苦しむ人が大勢いるのに不謹慎な……と心底怒る人は、しかしやっぱりそう多くないのでは。実際のところ北朝鮮というと、今や日本の政治家にとっては便利アイテムと化した感がある。国内の不祥事で行き詰まったら、「北朝鮮にでも出かけて一丁誠意みせたるか」。都合いいときに都合よく使える、適度なトラブル発信地の地位を確立している北朝鮮。政治家がそういう使い方するなら、庶民だってコメディの観劇対象とするのもありだろう。
 北朝鮮に関する私の知識ときたら、本書で仕入れた情報で九割以上占める程度なのだが、テリー伊藤の3頁ずつ七十回余に及ぶ報告がこれみな本当なら、私のような無知派の初期イメージにあまりに合致しているのでこれはもう、大笑いするしかない。だって、行列のできる人気ラーメン屋を映した日本のグルメ番組の録画をニュースとして放送し「見なさい、日本も食糧難でこの行列。共和国も頑張ろう」と宣伝しているなんて。故・金日成主席ゆかりの地を「ふりだし」「あがり」とする双六温泉の開発では、金正日自ら陣頭指揮をとって湯の温度から正しい入浴法、急所の洗い方まで細かく指導しているなんて。男子の長髪・女子の自転車が全域で禁止されただなんて。金正日が日本のカップラーメンを片端から食して味の評価を下しているだなんて。随所に根本敬の優しい悪意に満ちたモンド系イラストがでっかく入って、爆笑衝動の炎に大いに油を注いでくれる。
 まだ金日成時代だった十年前に出た前作『お笑い北朝鮮』は目下品切れで私は読んでないのだが、本書にしばしば、十年前に書いたのと今も同じ、という言葉が出てくる。たとえば、国外の観光地で一番人気はいまだにスイスであるとか。スイス……。ベタな響き。日本にも「スイス」「ハワイ」といった響きだけで憬れを醸し出した時代があったような気もするが……。なるほど現在の北朝鮮は、私たちにとってまさに「ドリアン・グレイの肖像画」。いつまでも歳をとらない自分自身の姿を眺めて哀愁に耽るための、貴重な装置である。北朝鮮を見ることは、鎖国時代の江戸日本、軍国主義下の大日本帝国を見ることなのだ。
 とはいえ北朝鮮は、戦前の日本に比べて、時代錯誤の度合こそ甚だしいが、あれほど凶暴な国であるわけではない。本書を学べば学ぶほど、北朝鮮が国際平和を乱そうとするはずがないと確信されてくる。なにしろ国家威信へのコダワリが並大抵でないから時々刻々の世界の流行に敏感だ。サッカー長者番付上位に日本人が入ったと知ればスタープレーヤー養成に努める。シンクロナイズドスイミングで日本が活躍すれば負けじと喜び組予備軍から選抜しスパルタ教育開始。格闘技に多額の賞金が出ているとなればK-1やPRIDEへの派遣選手養成にとりかかる。マラソンや柔道、体操などで世界的な成績を収めた選手は異例の生前胸像が展示される。ベルリン映画祭やパリコレへの進出も目指す。外国人に接する機会の多い交通整理の保安員には美人婦人警官を抜擢する。韓国人観光客をターゲットにして白頭山に計画中の高級クラブを各国エグゼクティブ向けにパワーアップする。いやはや、これほど国際社会の評価を気にする国が、国際協調を乱したがるわけないではないか。
 スポーツはもちろん、切手から美女劇団、美女カレンダーにいたるまで、あの手この手の外貨獲得戦略に、資本主義への憬れが強く感じられるのも面白い。金正日独裁という外形がその目標と一致しないそのズレまくりぶりが「お笑い」を醸し出すポイントのようだ。しかも超芸術トマソン同様、金正日はウケ狙いをしているわけではさらさらないだけに、北朝鮮というGスポットがもたらしうる地球規模の艶笑哄笑は本当の本物。ヤラセや企画物ばかり溢れる現在、天然素材百パーセントの滑稽を撒き散らしてくれる北朝鮮は、デュシャンやトマソンを超える最高の自然芸術と言えるだろう。
 いや考えてみれば、ドリアン・グレイの肖像というより、鏡を見ているようなものかもしれない。マスコミが話題にしたからといってたかがラーメン一杯のために長時間並び、バーゲンのワゴンに全力疾走で群がる日本人の方こそ滑稽な国民だ、とはテリー伊藤の言うとおり。願わくは、むこうでも『お笑いイルボン』が出版されていてくれたらいいのだが。ラーメンやバーゲンだけでなく、覗き教師から年金未納問題、皇太子の不明瞭発言まで、ネタには不足するまい。
 朝鮮の諺に「笑っている顔は殴れない」というのがあると聞いた。互いに笑いあい、嘲笑ではなく天然コメディを称える笑いでお互いウケまくれば、日朝親善なんてたやすいことではなかろうか。

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