三浦俊彦による書評

★ デビッド・M.グランツ、ジョナサン・M.ハウス『[詳解]独ソ戦全史』(学習研究社)

* 出典:『読売新聞』2003年8月3日


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 第二次大戦の主戦場は圧倒的に、ベルリンとモスクワの間の地域だった。ドイツ軍戦死者数の九割弱が対ソ戦で生じており、勝者であるソ連の人的損害はドイツ側の六倍にのぼる。
 ヒトラーは戦前から対ソ戦を、西部戦線とは違う「絶滅戦」と宣言していた。スターリンの大粛清で指揮官の大半を失い混乱していた赤軍に、独軍と衛星諸国軍が襲いかかる。本書は、ソ連邦解体により公開された資料をもとに、独ソ戦をソ連側の視点で描いた戦略分析である。
 両独裁者の無謀な命令のため双方むなしい損害を重ねるうちに、皮肉な対照が浮かびあがってくる。軍への干渉を強め、政治将校とソ連型教育を増していくヒトラーに対し、ナショナリズムを重視してイデオロギー色を弱めドイツ型委任戦術へ移っていったスターリン。独裁者から信任を得るにつれ赤軍の将軍たちが本領を発揮しはじめ、分析力と戦闘力を高めてゆくさまは、赤軍の成長を描いた教養小説(ビルドゥングス・ロマン)のように読める。苦難のすえ体得した機動戦の最高傑作が、最終章に記される「満州でのアンコール」だったわけだ。
 いや、教養小説というよりむしろナンセンス劇か。西部戦線や太平洋戦線で一年かかって死ぬ人数が、独ソ戦では数日や数週間の戦いでボコボコ失われてゆくのだから。各戦闘の記述と軍事評価が延々続く無機質の本文に、一々詳細な死傷統計の注が付く構成は、ほとんどお笑いか不条理コメディのよう。人命の軽さ無意味さをこれでもかと突きつける虚ろな数字の群れが、戦争の愚劣さを淡々と訴えかけてくる。
 だが最後は粛然たる弔鐘。ナチス撃滅のために桁外れの血を捧げたソ連は、恐怖の後遺症からついぞ回復できなかった。強迫的な国防の決意が逆に重荷となり、それが原因で冷戦に敗れ去った。この悲運に触れた終章の余韻には、ソ連嫌いの人でも泣けることだろう。

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