三浦俊彦による書評

ジョン・オルコック『社会生物学の勝利』(新曜社)

* 出典:『読売新聞』2004年4月18日掲載


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 短距離走が黒人選手に有利であること、男より女の寿命が長いことは誰もが認めるだろう。ところが精神的な素質となると事情は一変する。人種や性による職業分布やIQの統計的差異は、生まれつきの能力ではなく、経済的境遇や教育の結果だとする「文化決定論」が現在の常識だ。
 しかし生物界で人間だけを、遺伝子の法則の例外扱いにできるのだろうか。たとえば強制交尾は、昆虫から霊長類まで広く見られるオスの適応行動だ。人間の男性の攻撃的な性行動も、文化的に条件づけられた権力行使の歪みとしてではなく、動物一般の繁殖戦略と見なさねばなるまい。社会生物学は、そして著者はそう主張する。
 この種の言説は危険というか、性犯罪者の免罪に利用されはしないだろうか。なにしろ男のレイプ衝動は「自然な性質」だとのお墨付きを与えているのだから。
 著者は「否」と断言する。何かが「自然である」とは、「善である」という意味ではない。両者を混同する「自然主義の誤謬」から、フェミニズムなどの見当違いのイデオロギーが生ずるというのである。
 現代社会という環境では、独特の適応戦略が求められる。セクハラ男は原始時代の適者にすぎず、文明社会では敗者なのだ。進化論を正しく理解すれば、なるほど社会生物学は危険でもなんでもなかろう。
 社会生物学へのさまざまな曲解と偏見を叩く論争的な文体と、鳥の不倫やら昆虫の同性愛やらを詳述する緻密な筋立てとの相乗効果。その説得力はそこらの社会評論の比ではない。近視眼的な政治的正義のために人間の生物学から目をそむけていたのでは、かえって遺伝子の専横に屈してしまうぞと、自然淘汰からの倫理の独立を叫んだ警世の書だ。

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