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(アドホック・エッセイ&備忘録:2006年11月07日)


「湯川秀樹の核廃絶への闘い」(「ラスト・メッセージ」シリーズ」より)

* 2006年11月6日,NHK総合TVで放送されたもの


 昨日(11月6日)夜10:00~11:00p.m.まで,NHK総合テレビで,湯川秀樹博士の核廃絶運動(核兵器反対闘争)をテーマにした番組が放送されました。著名人の「ラスト・メッセージ」シリーズの第2回目の放送です。(因みに第1回目は手塚治虫)
 放送では,以下のような貴重な映像が流されました。
  1. 湯川秀樹博士がノーベル物理学賞を受賞した時の報道模様(敗戦後の日本国民が勇気付けられる)
  2. 湯川秀樹とアインシュタインとの交友(研究において,核兵器反対運動において/物理学者の反省/科学者の社会的責任の自覚)
  3. 湯川秀樹博士の自宅(京都市左京区下鴨)の模様(緑が多く,とても閑静な住宅地)
  4. 湯川秀樹博士の妻の湯川スミ夫人の存在の重要性(後に夫の意志をつぎ,世界連邦運動協会の名誉会長も務める)
  5. ラッセルが起草し,アインシュタインが共同署名者となったラッセル=アインシュタイン宣言に,湯川秀樹の署名を求めるバートランド・ラッセルからの手紙の紹介(この手紙を受け取ってすぐにアインシュタインが亡くなり,署名を決意)
  6. 1955年7月9日,ラッセル=アインシュタイン宣言を報道陣の前で読み上げるラッセルの姿(右上の写真)
  7. ラッセルが提唱し,初代総裁となった第1回バグウォッシュ会議(カナダの寒村パグウォッシュ村で開催)の模様(1995年,バグウォッシュ会議はノーベル平和賞を受賞/当然,ラッセルにノーベル平和賞を贈るべきであった)
  8. 現実にある核を肯定し,核と共存しようと言い出すレオ・シラードのような科学者の出現
  9. 湯川秀樹とともに核兵器廃絶運動に尽力した関係者の映像(朝永振一郎,伏見康治,豊田利幸,小沼通二,・・・)
  10. 核軍備競争で核が拡散していく状況(垂直の拡散=米ソ/水平の拡散=米ソ→フランス,中国→インド,パキスタン,イスラエル→北朝鮮)
  11. パグウォッシュ会議は,核抑止論者が増えて行き,苦悩する湯川秀樹(ラッセルも同様/体制側の御用科学者の増加
  12. 世界平和アピール7人委員会(湯川秀樹,川端康成などが委員)の活動
  13. 世界連邦運動に熱心に取り組む湯川秀樹博士(核廃絶のためには世界連邦は必須のもの)
  14. 癌と闘う湯川博士
  15. 1975年に京都で開催されたバグウォッシュ京都会議(湯川秀樹が議長)の模様(湯川・朝永宣言の発表/癌に苦しみながらも,無理やり退院して,車椅子で出席)
  16. 京都大学における「湯川秀樹・朝永振一郎,生誕百周年記念」の模様
  17. 京都大学基礎物理学研究所内にある「湯川記念室」(下の写真参考/松下が2005年3月に撮影)
  18. その他貴重な映像多数
 この番組のなかの圧巻は,バグウォッシュ京都会議の出席者の大部分が,湯川・朝永宣言に署名した部分です。バグウォッシュ京都会議では,多くの参加者が核抑止論の立場にたっており,湯川・朝永宣言に署名する人はあまりいませんでした。そこで,(湯川博士と朝永博士が事前に相談してあった)「広島被爆直後の模様を写した生の記録(フィルム)」を約5時間にわたって,会場で映写した。核兵器の悲惨さを初めて目にして,ほとんどの参加者が核廃絶の重要性を認識し,署名することとなりました。
 核の専門家はそれまで核兵器のことを理解していなかったのでしょうか? 充分理解していたはずです。ただ頭の中で理解していただけ(他人事)であり,「感情論に流されてはいけない」(現実論に立て)と,見て見ぬふりをしていたのではないでしょうか?
 核の問題だけでなく,戦争の問題一般も同じです。米国は世界の警察として,自由を世界に広め,テロから自国を守るために,世界中に軍隊を送っています。米国が戦場にならなければ,戦争の悲惨さを多くのアメリカ国民が本当に理解することはないのでしょうか?